oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

011【道果の智慧】 第一部 理論編 戒の重要性 『ヴィパッサナー瞑想 マハーシ長老(著)』

引用 (世間的な智慧を得るだけでは)、まだ、地獄やそれ以外のみじめな境涯の存在に転生することのリスクを防ぐことはできません。私たちは、出世間的な智慧を育てることによってのみ、明確にそのリスクを取り除くことができるのです。 出世間的な智慧とは…

011【智慧の話】 第一部 理論編 戒の重要性 『ヴィパッサナー瞑想 マハーシ長老(著)』

引用 真の世間的な智慧とは、私たちの福祉の向上と公共の事業に役立つものだからです。それは、いかなる害も引き起こしません。そのような真の意味での知識、経典の意味を身につけることを学ぶこと、そしてヴィパッサナー瞑想の発展には、聞所成智慧、思惟所…

010【智慧の話】 第一部 理論編 戒の重要性 『ヴィパッサナー瞑想 マハーシ長老(著)』

引用 智慧には世間的な智慧と出世間的な智慧という、二種類のものがあります。今日、私たちの世界では文学、芸術、科学もしくはそれ以外の世間的なことにおける知識も通常、智慧の一種と見做されています。しかし、この種の智慧というものは、心の成長と関係…

『浄聖院だより こころみ 第43号』

そうそう、「欲しい」と「必要」ですね。 「欲しい」というと、貪瞋痴の雰囲気があります、「必要」というと理性で行っている感じがします。 私自身、顧みるに、だいぶ「欲しい」は減ったような気がしますが、それでもときどき衝動買いしたりします、まだま…

009【輪廻の話】 第一部 理論編 戒の重要性 『ヴィパッサナー瞑想 マハーシ長老(著)』

引用 もし、私たちが転生後も常に道徳的な生活を送るのなら、その人はより高次の存在に転生し、幸福な生活を送ることでしょう。しかし、私たちが貪瞋痴の煩悩から自由ではないため、もし不善業をなしたならやがてその悪業の結果を受けるでしょう。私たちは、…

008【2種類の定】 第一部 理論編 戒の重要性 『ヴィパッサナー瞑想 マハーシ長老(著)』

引用 定には、二種類のものがあります。それは世間的な定と、出世間的な定です。これら二つのうち、前者は四つの色界禅定や四つの無色界禅定からなります。これら世間的な定は、呼吸による気づきの瞑想、慈しみ、遍瞑想などといったサマタ瞑想を実践すること…

007【定の実践】 第一部 理論編 戒の重要性 『ヴィパッサナー瞑想 マハーシ長老(著)』

引用 しかしながら戒を単独で実践することは賢明なことではありません。私たちが修行するにあたっては、定を実践することもまた、必要なのです。定とは心の集中、あるいは心を静めることを言います。 ここでは、戒定慧のお話ですので、「定」が出てきました…

006【業について】 第一部 理論編 戒の重要性 『ヴィパッサナー瞑想 マハーシ長老(著)』

引用 心から奮闘する真に真面目な修行者には皆、成功の希望があります。ですから、もし、この恵まれた環境と希望を無駄にする人がいるのなら、私はその人を哀れに思います。そのような人は間違いなく、遅かれ早かれ、彼自身の悪い業により、輪廻の犠牲者にな…

005【出世間的な戒】 第一部 理論編 戒の重要性 『ヴィパッサナー瞑想 マハーシ長老(著)』

引用 しかしながら、この世間的な戒を実践するだけでは、完全に地獄、畜生、餓鬼道といった低位のみじめな存在に転生することを防ぐことはできません。そのため、私たちは出世間的な戒を得るために努力しなくていけません。私たちが完全に出世間的な戒の徳を…

004【輪廻について】 第一部 理論編 戒の重要性 『ヴィパッサナー瞑想 マハーシ長老(著)』

引用 在家の人々が最低限守るべき戒律は、五戒です。それに対して、比丘が守るべき戒律は、波羅提木叉(はらだいもくしゃ パーティモッカ)です。波羅提木叉とは、僧院での生活の規則を集めたものです。きちんと戒律を守る人は誰であれ、人間、あるいは天(…

003【戒定慧の前に】 第一部 理論編 戒の重要性 『ヴィパッサナー瞑想・マハーシ長老(著)』

引用 ブッダの教えを通じて、私たちにとって最も重要なのは、戒(シーラ)、定(サマーディ)、慧(パンニャ)の三学を養うことです。私たちが、これら3つの徳を身に着けるべきだということに疑いの余地はありません。 バリバリの私見です。 一番冒頭に戒定…

002 『ヴィパッサナー瞑想』を読む はじめに1

これを読みます。 ヴィパッサナー瞑想 (サンガ文庫) 作者:マハーシ・サヤドー サンガ Amazon 巻頭にも書いてありますが、マハーシ長老が1949年に、ヤンゴンで瞑想センターを始められます。 その際、瞑想指導を受ける在家信徒さん向けに、1回90分程度…

001 『ヴィパッサナー瞑想』を読む はじめに

この本を読んでみようと思います。 ヴィパッサナー瞑想 (サンガ文庫) 作者:マハーシ・サヤドー サンガ Amazon 上記はサンガ文庫版です。 単行本でもあるみたいです。 これとか 気づきと智慧のヴィパッサナー瞑想 (入門者のための理論と実践) 作者:マハーシ長…

307 亡くなるときは赤子のように 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 お母さんが赤ちゃんをあやすとき、自分の顔を手で隠して「いない、いない、ばあ」とやっただけで、赤ちゃんは笑いますね。なんの不安もなく、なんの疑いもなく、心から。まさに天真爛漫という言葉がぴったり合うような、赤ちゃんのあの笑顔。人間が死ぬ…

306 長生きを祝福できるのは仏教だけ 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 理性で考えれば、天国を創った人々は早く死んだらいいのに、なぜ、一分、一秒でもこの世に長くいたいと思うのでしょうか?それは、「死後は永遠なり」という保証がまったくないからです。しかし、仏教は、一分、一秒でも長生きしなさいと明言できます。…

305 死に対する悲しみは「エゴ」の表れ 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 我々が悲しいと思うのは、自分と関係がある人の死です。関係のない人の死に対しては無関心です。ですから、「死者を弔っているから、自分はよくできた人だ」と単純に考えることはできません。もし本当に「死は悲しいことだ」と思うのなら、一切の生命の…

304 死ぬのは誰のせいでもないから 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 我々はずっとみんなに支えられて生きていますが、自分の肉体はみんながいくら助けてくれても壊れます。みんなのせいではなくて、自分が壊れるのです。お医者さんを千人集めても、家族や親戚がそろっても、どうにもなりません。 ですから、そのときは、…

303 死という概念を頭に入れる 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 死というのは一番念頭に入れておかなければならない概念です。けっして避けるべきものじゃないんです。 生命は瞬間瞬間にも死んでいます。この一秒は二度と戻りません。だから、「捨てる能力」ですね、大事なのは。つかまってしまうと苦しい。なぜかと…

302 常に自分が死んでいくことを観察する 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 我々が頭でっかちに考えている「死」は、最終的に肉体の活動を終了することです。しかし、常に自分が死んでいくということは、頑張ってみれば、ほんのちょっとの努力で体験できます。 お釈迦様は瞑想という方法を教えています。 それは「ありのままに観…

301 死隋念で慈しみと理性が生まれる 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 葬式を行ったとしましょう。安置されている遺体を見て、手を合わせて冥福を祈ります。これは一般人の常識的な(しかし極限に無智な)習慣です。死隋念を瞑想する人は、それと違うことを行います。遺体を見て、「この人は亡くなって死体になっている、私…

300 死を念じることが、心の開発につながる 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 人は死を認めません。「私は死なない」という前提で、自分の人生を設計するのです。間違った前提のうえに成り立つ計画は、崩れるに決まっています。人々は「幸福になりたい」と計画します。それが悩み苦しみという結果に終わるのです。この問題を解決し…

299 死にそうになってからでは遅い 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 死にそうになって初めて、みんな死について興味を持ったりしますが、それでは遅いのです。大学に入りたいと思ったのが試験の前日なら、勉強するぞと思っても駄目でしょう? 人生はそれよりもっと難しいのですから、我々はずっと人生や生き方というのを…

298 死ぬときに悔いなしと思える人生を 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 生まれてから死ぬまでのあいだ、うまくずっと面白いことをやって生きることができれば、死ぬとき、悔しくありません。 死ぬときに、「ああ、けっこうやりたいことをやって生きたなあ」「もう思い残すことはない」「大丈夫だ」とそういうふうに思えれば…

297 死を悲しむのは恰好が悪い 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 自分の子ども、親が亡くなったと悲しむとき、「自分は相変わらず元気だ」という前提があるのです。自分はぴくりともしない川岸にいて、流される木の葉を哀れむような傲慢さです。しかし、そんな話がどこになるのでしょうか?人間なんて、いつ死んでも不…

296 臓器移植はなんら問題なし 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 「臓器を移植したら、その臓器の元の持ち主の心・精神の影響を受ける」などとくだらないことを言う人もいますが、それはただの妄想です。 目が見えなくなれば他の人の角膜を移植して見えるようになっても構いませんし、心臓が動かなくなったら、他の人…

295 ありがたいこともありがたくない 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 私たち人間は、生命はすぐに死ぬのですから、これを助けてくれる人というのはありがたいと思い込みます。 生きていることを支えてくれるものは、何であろうとも「善いもの、価値のあるもの」と思ってしまいます。 しかし、ありがたいことがいくらあって…

294 生命誕生と輪廻 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 お腹に生命が誕生するでしょう。突然、お腹に心が現れますか?偶然には何も現れません。いかなる現象も因果法則によって現れます。子宮に新しい命が現れることも因果法則の結果です。 死があったら、次に生です。どこかに心の死が起きて、子宮の中で心…

293 幸せな死を迎える最大の条件 『一瞬で心を磨くブッダの智慧』

引用 人間の一生は毎日、毎時の時間の経過です。今日は昨日と違うし、一時間前も今とは違います。一分前、いや、一秒前でさえ今とは違うのです。人間はいつでも死ぬ可能性があります。明日になって急に死んでしまうかもしれません。ならば、悔いのない人生を…

292 死にたくないわけ 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 我々は「死にたくない。死ぬのが怖い」」という感情を持っています。それには理屈がありません。なぜ死にたくないのですか?「死ぬのが怖い」と言ってしまうと、死んだ経験はないのだから、合理的な理由が見つからないのです。 自分が知っているのは他…

291 生きるときも死ぬときも一人 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 生きることは残酷です。そもそも一人で生まれなくてはいけません。赤ちゃんはお腹の中にいるときから自分の力で大きくなって、自分の力で呼吸して、自分の力で生きていなくてはいけない。自分の力で母体にしがみついているのです。生まれてからは、ちょ…