ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

一日一話

「いまやるべきこと」をやる 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用 私たちは妄想に時間を費やして、「いまできること」をきちんとやっていないのです。 中略 「いまできる、やるべきこと」をきちんとやるのです。そこによけいな思いも入れないで、たんたんとやるのです。 私見です 感情の入った思考とか、妄想と…

「いま・ここ」が妄想を止める 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用 妄想を止めるには、どうしたらいいのでしょうか。「いま・ここ」の自分を観察することで、妄想は止まります。 ふだんの生活で、私たちは「思考と妄想」にどっぷり浸かって生きてます。 思考もちょっと感情が入ると、あっという間に妄想になりま…

唯一の希望を壊さないで 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用 仏教ではなぜ、口をすっぱくして妄想の悪口を言うのでしょうか。それは人間にとって唯一の救いである「理性」を妄想が壊してしまうからです。 別の本から引用 心は貪瞋痴(欲・怒り・無智)のほうがやりやすいのです。怒ることはやりやすくて、…

妄想が狂わす人生 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用 我々は妄想のせいで、自分の「能力の器」に穴を開けています。妄想のおかげで、これまでできたこともできなくなったり、もっていた能力も失ったりして、人生の歯車が狂うことも珍しくありません。 私見です。 ふだんの生活で「損」をするのはイ…

頭をよくする方法 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用 心を混乱させる「妄想」の渦巻きが消えれば、わざわざ知識や概念を集めようがんばらずとも、必要に応じて、情報が整理されて引き出されるのです。 バリバリ私見です。 自分も含めて、感情に振り回されている状態って、「おバカさん」に見えます…

妄想は精神的なダメージ 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用 「忙しい」と言う人は、じつは頭の中ので妄想がグルグルと回っているのです。 無駄に生産性のない妄想に時間を取られているのです。さらにそれは、精神的なダメージにもなります。 私見です この法話を読んで下記の本を連想しました。 「忙しい…

妄想の猛毒 『ブッダの教え一日一話』

短いので全文引用 妄想は猛毒です。 妄想があるゆえに、ストレスが起きます。 妄想があるがゆえに、人生何をしても苦しみと失敗で終わるのです。 だから、まずやるべきことは妄想を停止させることです。 私見です。 ヴィッパサナー瞑想をしていて、ちょっと…

心にも清らかな食べ物を 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用 心は、自分自身が栄養となって、次の心をつくるのです。清らかな心を栄養として、次につくられる心はまた清らかです。 心に汚れが入ると、次につくられる心も汚れてしまうのです。 私見です この本がすごく参考になります。 「1」ってなに?: …

説教しても世の中は変わらない 『ブッダの教え一日一話』

短いので全部引用 人に説教しても問題は解決しません。 説教された人は、別の人に対して、同じように「しっかりしなさい」と言うでしょう。 そして、その人はまた別の人に、同じように説教します。 それでは、いつまでたっても世の中は変わりません。 私見で…

人には説教したがる  『ブッダの教え一日一話』

短いので全文引用 私たちは、説教されるといい気がしません。 ところが他人には、「しっかりしなさい」「がんばりなさい」「ちゃんとやりなさい」と言うのが大好きです。 でもそれは、「私の言う通りにやってもらいたい。でも私のことはほうっておいてほしい…

説教師は嫌われる 『ブッダの教え一日一話』

全文引用 如来(仏)の定義のひとつに、「説いたとおりに行う。行ったとおりに説く」「行ったことを説く。説いてるとおりに行う」ということばがあります。 私たちも、他人に語るように自分でも行うようでありたい。自分が行ったことを、他人に教えてあげる…

自らの経験を語ろう 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用 ただ説教しただけでは、世の中はよくなりません。言う人がまず実行して、経験して、自分の体験を語るべきです。 私見です 仏教は実践の教えなので、納得して実践ということで、実践です。 実践しないのに仏教を語るのは、「仏教読みの仏教知ら…

大事な栄養 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用 (食べ物だけではなくて)私たちが「みるもの、聞くもの、嗅ぐもの、触れるもの、思考するもの」も大事な栄養です。 これらも食べ物と同じように、汚れたものをとってはならないのです。気を付けて、清らかなものをとるようにしましょう。 私見…

いつでもできるいいこと 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用 前略 でも、お年寄りに電車の中で席を譲るようなことを、毎日、一つ二つでもやってみるのです。 そうやっていると、いつでもできることが身の回りにあふれていることに気づくのです。 私見です 6月21日から続く「いいこと」をまとめます。 「い…

自然にいいことができるようになる 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用 (いいことをしようと心にきめると)電車に乗っていて、お年寄りや体が弱い人が目の前にいれば、すっと席を立つことができます。自然に立てば、なんのことなく座ってもらえるのです。 私見です。 せっかく人間に生まれたなら、悪いことばかりし…

いいことをする目的とは 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用 「いいこと」をする目的は、心を清らかにすることです。その目的であれば、期待してもしなくても「いい結果」が出ます。 私見です 昨日は「こころに良いこと」目指したい、です、と書きました。 いいことをする目的は心を清らかにすること そこ…

「いいこと」と「悪いこと」 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用 「いいこと」とは、「自分が喜び、他人も喜ぶ」。そして、「後悔しない」ことです。 「悪いこと」とは、「自分が苦しみ、他人も苦しむ」。そして「後悔」することです。 私見です これを読んで、先生の「役に立つ」話を連想しました。 「いいこ…

みっともない事実を諭す 『ブッダの教え一日一話』

短いので全文引用 悪事を犯すことは、世の中の恩恵を受けていて、恩を仇で返すことです。それは、とてもみっともないことです。 悪いことをする人は、勇気も自信もない腰抜けなのです。だから「悪いことをするのは、みっともない」」と諭すことができるので…

悪いことは、小さなことでも悪い 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用 「悪いことは、どんな小さなことでもしてはいけない」と心に決めましょう。 中略 小さな嘘をつく人は、やがていつも平気で嘘をつくようになってしまうのです。 恐ろしいことは、それが心のクセになってしまうことです。クセになったら、もとに…

自分を評価して生きている 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用 前略 悪いことをすれば、自分の良心が、自分に高得点を入れるはありません。 自己採点して、自分が落第生になるのはとてもつらいことです。 悪いことをやめると、つねによい得点を自分に与えることができます。 バリバリの私見です。 ある長老…

苦しみが苦しみをよぶ 『ブッダの教え一日一話』

引用 悪いことをする人は、悪い行為をする前から、悩み苦しんでいるのです。 中略 たとえ悪事がバレなかったとしても、自分自身が受ける苦しみ(悪業)からは、けっして逃れることはできません。 私見です 生きることは苦なのに、悪いことをして、さらに苦の…

「悪いこと」も実感でわかる 『ブッダの教え一日一話』

引用 「なぜ悪いことをしてはいけないのか」ということも、自分で実感できます。 嘘をついたり、殺生したり、他人に迷惑をかけたり、悲しみを与えたり、そういう悪いことをすると、自分自身が悩み苦しむ結果になるのです。 中略 「悪いこと」が楽しいのは瞬…

「いいこと」は実感でわかる 『ブッダの教え一日一話』

引用 「なぜいいことをすべきなのか」と、あえて説明しなくても、それは自分の「実感」でわかることです。 中略 「いいこと」が苦しいのは瞬間だけ。後は思い出すたびに、楽しいのです。 私見です 悪いことって、やりやすいです、すぐにできます、そのときさ…

強い人はいつも落ち着いている 『ブッダの教え一日一話』

引用 気が弱くて怖がりな人は武器を持とうとします。自信のない人は強がります。 私見です 私自身、根性がなく、気が弱く、自信がないほうだと思います。 でも仏教のおかげで、暴力をふるったり、乱暴な言葉を使ったり、他人をいじめたり、 仏教で言うところ…

凝縮された真理 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用 ブッダは真理とは「普遍的でなければいけない。矛盾があってはいけない。例外があってはいけない。だれもが実践できることでなくてはいけない」と述べています。 アインシュタインの相対性理論が「E=mc²」という単純な式に表されるように、真理…

神の意思ではなく物理法則 『ブッダの教え一日一話』

全文引用 自信がないと、神の力とか、宇宙の力というようなものに頼ろうとします。 客観的な証拠がないにもかかわらず、いきなり結論に立って「まず信じよう」となってしまいます。「信仰」に沿って生きていこうとします。 しかし、世の中にあるのは、神の力…

自分で吟味して納得する 『ブッダの教え一日一話』

引用 真理だからといって、ブッダの教えをそのまま鵜呑みにする必要はありません、疑問があったら、納得いくまで調べて、吟味すればいい、それが仏教的な態度です。 中略 世間のことも、仏教の学び方を応用して勉強してみることです。世間の知識は真理とは限…

「確信」と「信仰」の違い 『ブッダの教え一日一話』

全文引用 「信仰」とは、教祖や言い伝えに説かれる「偉大なる力」にひれふすことを言います。偉大なる力に、正直に、真面目に、素直に従うことです。 そうなると、信仰と引き換えに、自分の自由を相手に預けてしまうことになります。自分の自由を失うのです…

確信は自由への道 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用 正しいか否か、なぜそのように言われるのかと、我々はしっかり調べて、自分自身の責任で納得していくべきです。このプロセスは、仏教が推薦する「確信」への道なのです。そういう態度を貫きとおせば、マインドコントロールされたり、支配された…

ブッダが説く「信」とは 『ブッダの教え一日一話』

引用です 仏教への「信」を確立するというのは、ブッダの説かれた真理を自分自身で調べて、理解して、納得することです。 中略 ですから、仏教が説く「信」は、「確信」と理解したほうがよいのです。 私見です 「信」 サッダーについてですね。 下記のリンク…