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テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

一瞬でも心を磨くブッダの教え

307 亡くなるときは赤子のように 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 お母さんが赤ちゃんをあやすとき、自分の顔を手で隠して「いない、いない、ばあ」とやっただけで、赤ちゃんは笑いますね。なんの不安もなく、なんの疑いもなく、心から。まさに天真爛漫という言葉がぴったり合うような、赤ちゃんのあの笑顔。人間が死ぬ…

306 長生きを祝福できるのは仏教だけ 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 理性で考えれば、天国を創った人々は早く死んだらいいのに、なぜ、一分、一秒でもこの世に長くいたいと思うのでしょうか?それは、「死後は永遠なり」という保証がまったくないからです。しかし、仏教は、一分、一秒でも長生きしなさいと明言できます。…

305 死に対する悲しみは「エゴ」の表れ 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 我々が悲しいと思うのは、自分と関係がある人の死です。関係のない人の死に対しては無関心です。ですから、「死者を弔っているから、自分はよくできた人だ」と単純に考えることはできません。もし本当に「死は悲しいことだ」と思うのなら、一切の生命の…

304 死ぬのは誰のせいでもないから 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 我々はずっとみんなに支えられて生きていますが、自分の肉体はみんながいくら助けてくれても壊れます。みんなのせいではなくて、自分が壊れるのです。お医者さんを千人集めても、家族や親戚がそろっても、どうにもなりません。 ですから、そのときは、…

303 死という概念を頭に入れる 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 死というのは一番念頭に入れておかなければならない概念です。けっして避けるべきものじゃないんです。 生命は瞬間瞬間にも死んでいます。この一秒は二度と戻りません。だから、「捨てる能力」ですね、大事なのは。つかまってしまうと苦しい。なぜかと…

302 常に自分が死んでいくことを観察する 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 我々が頭でっかちに考えている「死」は、最終的に肉体の活動を終了することです。しかし、常に自分が死んでいくということは、頑張ってみれば、ほんのちょっとの努力で体験できます。 お釈迦様は瞑想という方法を教えています。 それは「ありのままに観…

301 死隋念で慈しみと理性が生まれる 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 葬式を行ったとしましょう。安置されている遺体を見て、手を合わせて冥福を祈ります。これは一般人の常識的な(しかし極限に無智な)習慣です。死隋念を瞑想する人は、それと違うことを行います。遺体を見て、「この人は亡くなって死体になっている、私…

300 死を念じることが、心の開発につながる 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 人は死を認めません。「私は死なない」という前提で、自分の人生を設計するのです。間違った前提のうえに成り立つ計画は、崩れるに決まっています。人々は「幸福になりたい」と計画します。それが悩み苦しみという結果に終わるのです。この問題を解決し…

299 死にそうになってからでは遅い 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 死にそうになって初めて、みんな死について興味を持ったりしますが、それでは遅いのです。大学に入りたいと思ったのが試験の前日なら、勉強するぞと思っても駄目でしょう? 人生はそれよりもっと難しいのですから、我々はずっと人生や生き方というのを…

298 死ぬときに悔いなしと思える人生を 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 生まれてから死ぬまでのあいだ、うまくずっと面白いことをやって生きることができれば、死ぬとき、悔しくありません。 死ぬときに、「ああ、けっこうやりたいことをやって生きたなあ」「もう思い残すことはない」「大丈夫だ」とそういうふうに思えれば…

297 死を悲しむのは恰好が悪い 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 自分の子ども、親が亡くなったと悲しむとき、「自分は相変わらず元気だ」という前提があるのです。自分はぴくりともしない川岸にいて、流される木の葉を哀れむような傲慢さです。しかし、そんな話がどこになるのでしょうか?人間なんて、いつ死んでも不…

296 臓器移植はなんら問題なし 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 「臓器を移植したら、その臓器の元の持ち主の心・精神の影響を受ける」などとくだらないことを言う人もいますが、それはただの妄想です。 目が見えなくなれば他の人の角膜を移植して見えるようになっても構いませんし、心臓が動かなくなったら、他の人…

295 ありがたいこともありがたくない 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 私たち人間は、生命はすぐに死ぬのですから、これを助けてくれる人というのはありがたいと思い込みます。 生きていることを支えてくれるものは、何であろうとも「善いもの、価値のあるもの」と思ってしまいます。 しかし、ありがたいことがいくらあって…

294 生命誕生と輪廻 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 お腹に生命が誕生するでしょう。突然、お腹に心が現れますか?偶然には何も現れません。いかなる現象も因果法則によって現れます。子宮に新しい命が現れることも因果法則の結果です。 死があったら、次に生です。どこかに心の死が起きて、子宮の中で心…

293 幸せな死を迎える最大の条件 『一瞬で心を磨くブッダの智慧』

引用 人間の一生は毎日、毎時の時間の経過です。今日は昨日と違うし、一時間前も今とは違います。一分前、いや、一秒前でさえ今とは違うのです。人間はいつでも死ぬ可能性があります。明日になって急に死んでしまうかもしれません。ならば、悔いのない人生を…

292 死にたくないわけ 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 我々は「死にたくない。死ぬのが怖い」」という感情を持っています。それには理屈がありません。なぜ死にたくないのですか?「死ぬのが怖い」と言ってしまうと、死んだ経験はないのだから、合理的な理由が見つからないのです。 自分が知っているのは他…

291 生きるときも死ぬときも一人 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 生きることは残酷です。そもそも一人で生まれなくてはいけません。赤ちゃんはお腹の中にいるときから自分の力で大きくなって、自分の力で呼吸して、自分の力で生きていなくてはいけない。自分の力で母体にしがみついているのです。生まれてからは、ちょ…

290 死にたいも死にたくないも両方捨てる 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 執着とは、「死はヤバい」と思うことなのです。「死んでは駄目だ」という、みんなに与えられているバカな命令なのです。「死んでは駄目」とはどういう意味でしょうか?意味がない指令でしょう。でも、すべての生命は死にたくない。「なぜ?」と聞いても…

289 いつでも死ねるという状況をつくる 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 我々は「いつでも死ねる」という状況をつくらなくてはいけません。 死ぬときに、「このまま死んだら困ります」という状態ならかわいそうなのです。 私は「あなた、今、死ねる?」と問いかけます。 「ああ大丈夫、準備OKだ」と言えるなら、とてもすばら…

288 私が消えれば死の疑問は成り立たない 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 「私が死んだらどうなるのか?」という質問に対して、お釈迦様は、まず「私」を発見しなくていけないよと教えています。そして答えも出しています。「私は、いませんよ。それは幻覚にすぎません。調べてごらんなさい」と。そこで、我々は瞑想修行をして…

287 何も持たなければ、死は怖くない 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 死を恐れるもう一つの原因は、自分が執着している財産、人々、地位などから離れるのが嫌だということです。お金はたくさんあるし、好きな人々もいるしとなると、こうしたものは捨てたくありません。しかし、死ぬと捨てなくてはならない。ですから死ぬの…

286 死ぬのが怖くなくなる方法 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 「死ぬのが怖い」ということは、「生きるのが好き」ということです。「生きることは快楽だ」と思っているから、死ぬのが怖いと思うのです。生きることが快楽だったら、死ぬことは嫌ですね。その快楽をもたらす自分の肉体は、最高の宝物だと思うでしょう…

285 たとえ殺されそうになっても、殺してはいけない 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 仏教では、たとえ自分が殺されそうになっても相手を殺してはいけない、と教えます。殺さなかったら殺される、という場合は、たいてい相手を殺してしまうでしょう。「それでも理論的には罪ですよ」と、仏教では強調します。 正当防衛で相手を殺して寿命…

284 死を意識する『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 死ぬということは必ず起きることなのですから、できるだけ早く考えたほうがいいのです。子どもに対しても、「自分も他人も死ぬんだよ」と教えてください。 そうすると、世の中が正しく見えてきます。物事を考えるようになった時点で、「人は死ぬものな…

283 「死んだらどうなる?」の質問の本意 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 「死んだらどうなるのか?」と質問されたら、答えは「死んだら新たなものが現れます」言うだけのことです。なにかが壊れたら、新たなものが現れます。たとえば、ペットボトルをリサイクルしたら、まったく別な品物が現れます。死んだらどうなるのかと言…

282 人が死について語るのは妄想 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 実際に瞑想する方は、よくわかると思います。 瞑想すると、すごく嫌な気持ちが出てきます。しかし、瞑想は、考えてみれば仕事や料理より簡単なことでしょう。それなのに、もし、お坊さんから「二時間瞑想すれば覚れますよ。あるいは、一か月間ビルの掃…

281 死とは生のことである 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 仏教的に「死」というのは「生」のことです。何か壊れて何か生まれる、何か壊れて何か生まれる、何か壊れて何か生まれるということは命です。輪廻です。 私たちの問題は、それが嫌だと思うことです。生死の流れを理解できず、死を嫌がるのです。自然法…

280 死を意識して生きる 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 生きているものはみな死ぬ、私も死ぬのだ、と考えることはひとつの瞑想です。 ヴィパッサナー瞑想を支える一つの瞑想です。死を念じるのです。「死の随観」といいます。 そんなことは、暗いと思うかもしれません。でも逆に、「明るい未来を目指して頑張…

279 死を心配する必要はない 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 死ぬということを大げさに言うのは、生きていきたくてたまらない人間です。人間は瞬間瞬間死んでいるのですから、そんな余計なことは心配する必要はありません。 テーラワーダ仏教には死随観という伝統的な瞑想があります。瞬間瞬間の死を観察する瞑想…

278 老病死を素直に認める人こそが、幸せに生きられる 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 皆さんは、健康こそが何よりも大切だ、絶対に病気になりたくない、老いぼれたくないと思っていらしゃるかもしれません。「当たり前だろう、健康になりたいのは当然ではないか!」とさっそく怒られるかもしれませんが、仏教の立場からいうと、そういった…