ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

自我

無邪気な子供のように 『ブッダの教え一日一話』

引用 小さな子供をみてください。シャツのボタンをはめられたとか、自分で靴を履けたとか、ささいなことで大喜びしますね。 私たちも、毎日に仕事に対して、子供が初めて成功したときのように充実感と達成感を得られれば、とても楽しく、明るく生きることが…

問題を生む「私」という幻覚 『ブッダの教え一日一話』

全文引用 世の中は問題だらけでどうしようもないのです。問題以外、何も存在しません。 しかし、私たちは、問題に関係なく、「自分がいる」と錯覚しています。 「自分がいる」という幻覚が、現実に対して攻撃しても、現実は変わりません。 「私」」という幻…

問題という海に浮かんでいる 『ブッダの教え一日一話』

全文引用 ひとつの問題が、別の問題に対して、「それは問題だ」とは言えないのです。 そもそも私たちは、問題という海に浮かんでいるようなものです。 問題のあるなしとは関係なく、「自分がいる」ということが、ほんとうの問題なのです。 私見です。 昨日は…

錯覚を破って自然体で生きる 『ブッダの教え一日一話』

引用 自我というのは錯覚の産物です。 それを発見した人の心は、想像を絶するほど軽くなるのです。ちょっと言葉では表現できないくらいです。 「無我」だとわかれば、ものごとに、好きだ、嫌だ、苦しいのだ、大変だ、などなどの判断をすることはなくなります…

「行為」だけがある 『ブッダの教え一日一話』

短いので全文引用 自分を判断しようとしても、ほんとうは判断の対象となる「自分」はいないのです。 そこにあるのは「行為」だけです。 自分と呼んでいるものは、歩く、喋る、寝る、考える、食べるなど、無数の行為の連続なのです。 どこにも、自分などいな…

「私」という実感の正体

テキスト引用 すべての人間の苦しみも悲しみも、あらゆる問題は、「私」」という実感がつくりだしています。その実感は、「私の家族」「私の会社」「私の国」と拡大されて、他との対立、あつれきをもたらします。 私見です。 興味深い自我のお話かありました…

我が強すぎる人 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用 自我という代物が、苦しみの原因のひとつになっています。それは「自分が偉い」という思考から発生します。 私見です。 仏教を学んで、自我については上記のように、知識をしては知っているのですが、ときどき自我が顔を出すことがあります。 …

私が偉いという実感  『ブッダの教え一日一話』

引用 自分が監督で、世界は自分の思った通りに動いてほしいと思うのです。 しかし、世界というものは、けっしてそのとおりに動いてはくれません。 私見です。 智瞬様のツイート 「なぜかというと楽しいんです。どういう風に楽しむかというと、〝一つも役に立…

「我」が次第に消えていく 『ブッダの教え一日一話』

下記で先生は自我を「砂のお城」に例えています。 j-theravada.net ちょっと引用しますね 砂のお城 子供たちが砂のお城を作っているとしましょう。砂と水がうまく混ざってないと、お城は 作れません。やっと、砂のお城ができあがる。それから、どうなるでし…

世俗諦の話

世俗諦のよくある例えで。 分解する例えがありますね。 とりあえず世間では自動車と呼ばれているものがあります。 バラバラにすると、このタイヤが自動車ですか? このライトが自動車ですか? このハンドルが自動車ですか? このシートが自動車ですか? ある…

慢について

慢はいつも心の周りをうろついている煩悩です。 いつも、当たり前のように出てきます。 阿羅漢にならないと消えないらしいので、かなりしつこく心にこびりついている煩悩なんでしょうね。 高慢、卑下慢、同等慢の3つがあります。 高慢は、人と比べて自分が…

前野隆司先生の受動意識仮説 「心とは何か」

仏教では、自我はない、自分はない、ということを説いてますが、科学者の先生がおっしゃると、なかなか迫力があります。 幸福について研究している先生がいらしたのですね 前野隆司先生 前野隆司 - Wikipedia 目を引いた部分があり下記の本より引用します。 …

第十偈の予習 覚りを目指します。

第九偈では、神様が出てきましたが、第十偈では「覚り」になります。 覚りはいろいろな言葉で表現されます 覚り、悟り、解脱、涅槃(死ぬ意味ではないです)、ニルヴァーナ、寂滅、ニッバーナ などなど。 みんな同じ意味だと思います。 覚りは、仏教の目的で…

我が強すぎる人

ブッダの教え一日一話より 自我という代物が、苦しみの原因にひとつになっています。それは「自分が偉い」という思考から発生します。 我が強すぎると、何事もうまくいきません。学校ではいじめられるし、会社に行っても苦労します。 競争社会の中では、衝突…

他人の過ちを赦せない人が多すぎる

人間は完全ではないので過ちをします。 人間は勝手なので、自分の過ちには寛容でも、他人の過ちを赦せない人もいます。 私は、過ちを一切おこさない完全な人間ではありません、だから自分が受けた他人の過ちに、どう対するか。 赦すしか、ないのですね。 完…

いい道具になろう

人間がマシンになる話ではないです。 人間の仕事をAI(人工知能)がとって代わる、という話でもありません。 役に立つ、必要とされる、ためには、いい道具になろう、という話です。 「もう迷わなくなる最良の選択」より引用 第8章 みんな社会のひとつのピー…

ずーっと持っている心

私の親戚に82歳のおばあさんがいるのですが、話し出すと、決まって、亡くなった夫の悪口になります、繰り返します。 「あのときは、あーー言われた、このときは、あーー言われた」 「あのときは、あーーされた、このときは、あーーされた」 口の悪い私は「も…

怒りの原因となる自我

自我の固まりみたいな自分のことを棚にあげて、他人の自我が気になったりします、自我というか、「私は・・、私は・・、私に言わせると・・、私が思うに・・・」などなど。 一緒にいると疲れます、一緒にいて疲れる人(私も含めて)が自我の強い人なのかな、…