oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

観察 気づき

305 死に対する悲しみは「エゴ」の表れ 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 我々が悲しいと思うのは、自分と関係がある人の死です。関係のない人の死に対しては無関心です。ですから、「死者を弔っているから、自分はよくできた人だ」と単純に考えることはできません。もし本当に「死は悲しいことだ」と思うのなら、一切の生命の…

302 常に自分が死んでいくことを観察する 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 我々が頭でっかちに考えている「死」は、最終的に肉体の活動を終了することです。しかし、常に自分が死んでいくということは、頑張ってみれば、ほんのちょっとの努力で体験できます。 お釈迦様は瞑想という方法を教えています。 それは「ありのままに観…

282 人が死について語るのは妄想 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 実際に瞑想する方は、よくわかると思います。 瞑想すると、すごく嫌な気持ちが出てきます。しかし、瞑想は、考えてみれば仕事や料理より簡単なことでしょう。それなのに、もし、お坊さんから「二時間瞑想すれば覚れますよ。あるいは、一か月間ビルの掃…

273 「自分」と「自分の身体」を切り離す 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 いろいろな病気で悩んでいる人は、心の態度を変えることが一番大切だと思います。第一にしてほしいことは、「自分」と「自分の身体」とを離して考えることです。「私が病気だ」と思うのではなくて、「この身体が病気だ」と観ることです。病気という言葉…

266 老いても、できることはたくさんある 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 「私が生きていると、みんなの役に立っているのだ」と思えるならば、「人生は苦しい」とか、「なぜこんなことをするのか」とか言う暇がないのです。自分が生きていることで人が助かっているのだから、必死で生きていかないといけない。そうやって自分に…

264 かわいいおばあさんになる方法 『一瞬で心を磨くブッダの智慧』

引用 心は、いいかげん、わがまま、中途半端で汚れています。ですから身体も、いいかげん、わがまま、中途半端で汚れているのです。その身体をいじっても、なんの意味もないのです。女性の方は若くいたいと思っていますが、そんなことをしていると、年をとる…

263 生きることに意味はない 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 生きることに意味を探すのは無意味です。しかし、生きていることは確かです。「必ず死ぬ」ということも確かです。生きていることは「死を避ける」という大変な闘いです。簡単に楽に贅沢に、ちやほや大切に生きられるということはけっしてありません。で…

211 瞬間瞬間の行為に集中する 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 生きるとは、今の瞬間、何をやっているかということです。今の瞬間、この「からだ」が何かやっている、それが生きる、、ということです。 今の瞬間、ただ座っている、歩いている、本を読んでいる。人と話している、考えごとをしている、料理している、…

108 無常は絶対的 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 我々は花が散るのを見て、「ああ、無常だなあ」と言ったりしますが、それは本物の無常ではありません。私に言わせると、花を見た瞬間も無常でしたし、それから散っている過程でも無常でした。それに気づかず、咲いている花と散っている花を比較して無常…

82 ありのままに見たら真理を発見する『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 なんの先入観もなく観察すると、自動的に真理を発見することになります。だって、なんの先入観もないのだから。だからお釈迦様が「ありのまま」という単語を使ったのは、そういうことなのです。「ありのままに観ましょう。あってほしいままではなくて」…

80 人格のミラーボールをなめらかにする 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 我々の人格は多面体にたとえることができます。 我々は、この世界のデータに、どんなふうに反射するのかわからないあらゆる側面を持っている多面体なのです。 ミラーボールのように、ミラー自体が一個一個、デコボコしていて、どのように反射するかわか…

16 自分を客観視するトレーニング 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 怒りへの対処法に、自分のことを他人のようにして見る訓練があります。仏教の観察冥想というのは、実はその訓練なのです。特別なことはしません。ただ、自分の身体の感覚を、そのまま客観的に観ていくのです。 中略 例えば、自分の姓が田中だとしましょ…

11 怒り対処法 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用 前略 自分が怒っていることを観察して、それに気づくのです。「自分を外に出して見る」という方法です。「私が怒っている」というふうに「私」と見るのではなく、まるで他人のことのように「この人は」と見ます。 私見です。 えーと、仏教を知る前は、…

見違えるほど人生が変わるコツ 『ブッダの教え一日一話』

引用 「どうせ今日も同じような一日だろう」という気持ちでいたら、人生はおもしろくありません。 「今日はどういうことにあるかわからない。よし、ひとつチャレンジしてみよう」という気持ちで過ごせば人生はおもしろいのです。 私見です。 昨日、20代~40…

失敗も成功も、小さな単位 『ブッダの教え一日一話』

引用 人は瞬間の小さな行為も大事にせず、無視してしまいます。それが大失敗のもとになるのです。 私見です 失敗も成功も小さな物事の積み重ねなので 小さな小さな善い物事を途切れることなく、継続して積み重ねていけば、その結果は良さそうな気がします。 …

ぴったりきちんとやっていく 『ブッダの教え一日一話』

引用 しっかり生きるとは、そのときそのとき、やるべきことを、きちんとやるということです。 私見です まっさきに連想したのは下記の動画です。 ティッシュペーパーを折る瞑想ですね。 『観察――「生きる」という謎を解く鍵』発売記念動画―アルボムッレ・ス…

「いま」幸福になるしか道はない 『ブッダの教え一日一話』

引用 「いま苦労すれば将来、幸福になるだろう」という考えには、幸福になる保証はありません。 主観に満ちた私見です 良い結果を出すために苦を労して物事をやるんでしょうね。 「苦しい、しんどい」と思いながらやるんでしょうね。 でも、結果が出る前に死…

30 こわれなければ創造はない 『法句経(ダンマパダ)一日一話』

本日は下記の本より 原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話 作者:アルボムッレ・スマナサーラ 発売日: 2016/02/04 メディア: Kindle版 引用 30 こわれなければ創造はない 「すべてのものは無常である」(諸行無常)と 明らかな智慧をもって観るときに、 人…

なぜ単純さが嫌なのか 『ブッダの教え一日一話』

引用 人は妄想することが楽しみなので、シンプルな人生は嫌なのです。 私見と連想です。 なぜか「勝利の経」 ヴィジャヤ スッタンを連想してしまいました。 ここです j-theravada.net で、施本もあります。 おお、マーヤデーヴィーの施工記念本です。 売って…

『常に観察すべき五つの真理』

施本です。 なんと無料で読めます。 嬉しい! おおー WEBで読めますねえ。 j-theravada.net PDFもあります。 http://j-theravada.net/wp/wp-content/uploads/2018/12/itutunoshinri_web.pdf 本の前書きを引用します。 タイトルを少し分析してみますと、まずa…

つねに具体的でシンプル 『ブッダの教え一日一話』

引用 いまの瞬間になすべきことは、「具体的」でとてもシンプルです。 だから成し遂げやすいのです。 ちゃんと完成できるものです。 いまの瞬間に生きる人は、人生そのものを完成させることができるのです。 私見です 先生の文章が下記に引用されていました…

「どうすれば」「次にどうするのか」  『ブッダの教え一日一話』

引用 失敗したことを「何でこうなったのか」といくら考えても、意味がありません。 なったことは、なったことなのだから。 大切なのは、 「ではどうすればいいのか」 「次にどうするのか」 と考えることです。 私見です 昨日は「観察・気づき」が大事だとい…

いまの瞬間のことだけやる 『ブッダの教え一日一話』

引用 いまの瞬間に集中して、いまの瞬間のことだけやれば、人間に不可能なことは、何もないのです。 乗り越えられない苦しみはないのです。 いまの瞬間に徹して、いまの瞬間を十分に生きる人は、悩みもないし、失敗もないし、充実感があります。 私見です。 …

人生とは、瞬間瞬間の連続 『ブッダの教え一日一話』

引用 人生とは、瞬間瞬間の連続です。私たちは、瞬間瞬間にしか生きられません。 いまの瞬間になすべきことは、つねに「具体的」」です。 それは、話を聞くことであったり、ものを片付けることであったり、つねに「具体的」にあるものです。 いまこの瞬間に…

喜び悲しみを越えている 『ブッダの教え一日一話』

引用 執着がないと大喜びもないし、「うわあっ残念だ」ということもありません。たんたんとしています。 私見です。 ズバリ「世の法則8つの話」を連想しました。 下記の法話にあります。 j-theravada.net 引用 人が明るくなり、自信をつけられ、喜びと幸福…

「これは何だろう」とつねに探検 『ブッダの教え一日一話』

全文引用 先入観のない人は、「これは何だろう」と、つねに探検するのです。 そうなると人生はおもしろいし、理解能力が積み重ねられていきます。 先入観の無い人は、やがてすべてのものごとのありさまを発見する可能性があります。 私見と、ちょっと脱線で…

あるのは問題だけ 『ブッダの教え一日一話』

引用 自分の問題でも、他人の問題でも、ものごとは主観を離れてしまえば、あるのは、ただ客観的な問題だけです。 私見に満ちた私見です。 昨日、自我の錯覚、幻覚を破るためにヴィッパサナー瞑想の法話を紹介しました。 ひたすら観察、観察の、観察瞑想です…

問題を生む「私」という幻覚 『ブッダの教え一日一話』

全文引用 世の中は問題だらけでどうしようもないのです。問題以外、何も存在しません。 しかし、私たちは、問題に関係なく、「自分がいる」と錯覚しています。 「自分がいる」という幻覚が、現実に対して攻撃しても、現実は変わりません。 「私」」という幻…

正解はたったひとつ 『ブッダの教え一日一話』

引用 主観で、ものごとを解決しようと思っても、できません。 ひとつの問題について、一人ひとりが主観的な解決策を持っています。けれどもひとつの問題に無数の答えがあるはずはありません。 正解はたったひとつです。 私見です。 いまだに正解を見いだせな…

自分も他人もいない 『ブッダの教え一日一話』

全文引用 主観のない人だけが、客観的・普遍的にものごとをみるのです。 自分のない人にとって、自分も他人もいません。 そこにあるのは、自然法則の中に起こる「行為」の連続だけなのです。 私見です。 関連する法話を見つけました。 j-theravada.net 私は…