付録の部分に、沙弥の学修と義務に関する条文があります。
その条文の最後に四つの観察があります。
1.衣の観察
私は正しく考察して衣を受用します。ただ寒さを防ぐため、暑さを防ぐため、虻、蚊、風、(太陽の)炎熱、蛇の害を防ぐため、ただ陰部を隠すために(受用するのです)
2.施食の観察
私は正しく考察して施食を受用します。遊戯のためでなく、驕慢(力の自慢)のためでなく、装飾(良い体格)のためでなく、荘厳(美容)のためでなく、ただこの身体の存続のため、維持のため、飢餓病気を静めるため、最勝行を護るために受用するのです。この施食を受用することによって、前の苦痛はなくなり、新しい苦痛が起こらず、私は、存続することが出来、罪がなく、安楽に過ごされるでありましょう。
3.住の観察
私は正しく考察して住居を受用します。ただ寒さを防ぐため、暑さを防ぐため、虻、蚊、風、(太陽の)炎熱、蛇の害を防ぐため、ただ季節の危険を除き、禅思を楽しむために受用するのです。
4.薬の観察
私は、正しく考察して病者の必需品である薬を受用します。ただすでに起こっている病気の苦痛を除き、悩害をなくするためだけ(受用します)
四つの観察終わり
生きていくうえで最低限必要なもの、四つを説いています。
「欲しい」だときりがないので「必要」だと、この四つになるのですね。
空腹は病気なのですね、病気を静めるために施食を受用します。
私は、いつも意識せずに、この四つを使ってます、意識して観察したことはありません、当たり前だと思っているのです。
お釈迦様は観察することの大切さを説いてます、日頃の生活でも観察は欠かせないということです。