『お釈迦様のお見舞い』日本テーラワーダ仏教協会
という本があります。
病気になったお坊さんをお釈迦様がお見舞いに行かれて、それを記録した説法です。
長い名前で
『パーリ相応部、六処篇、受相応、有偈品、疾病経(一)』
『疾病経』です。
お釈迦様は
やさしくお見舞いの言葉をおしゃったのでしょうか?
病気のお坊さんを励まされたのでしょうか?
神通力を使って病気を治されたのでしょうか?
どれも違います。
ひたすら、サティ(気づき)、サンパジャーナ(正知)と四念処(身随観、受随観、心随観、法随観)の実践を説かれてます。
健康な方も拝聴できる内容です。
どことは言いませんが、宗教のご利益に「病気平癒」があります。
病気を治すのでしょうか?
病気が治るんだったら病院はいりませんね。
あと、治ったところで、いずれ寿命がきて死んでしまいます。
仏教はそういったインチキご利益に興味は無いです。
抜粋
これは病気になった人への説法なのですが、「病気になってもオタオタしないで、病気を言い訳にしないで、早く悟りなさい」という話になっているのですね。だから仏教には病気を治すという話はないのです、普通の宗教とはまったくアプローチが違うのです。
中略
ですから病気になったらどうすべきか、という問いへの答えがこの経典にはあるのです。
1.感覚を観察しなさい。
2.感覚に囚われないようにしてください。
治る病気だったら早く治りますよ。どうしても治らない病気であっても、ちゃんと釈尊のアドバイスを実践すれば、その人が解脱に達する可能性は大いにあります、「この感覚は二度とごめんだ」」ということになるのですから。お釈迦様は、不治の病で倒れた人にも、せっかく人間に生まれたので、その人生を大成功に達して終えられるようにしてあげているのです。
長期入院するような大病はしたことがないですが、病気になると、身体は思い通りになりません、でも身体の感覚に敏感になるような気がします、病気になっても、逆にチャンスと思ってヴィッパサナ―冥想に励みなさい、ということだと思います。
健康な方が読んでもまったく違和感がない内容です。