ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

食事のお供え

小さいころ、実家の仏さまや、神様にお供えをしました。

 

ご飯を盛って、水を替えて、いただきものがあったときは、それもお供えして。

花もお供えして。

 

スリランカのお寺に行くとき、お花を買っていきます、お釈迦様には花です、じつに合います、普段は花なんて買わないのですが、お供えの花を買うときは、なぜか、いい気分です。

 

お釈迦様のお供え(ブッダプージャ)の際、善友が持ち寄った、食事、水、花、灯明、お香をお供えします。

 

プージャが終わったあと、なぜかここのスリランカの方は、お供えの食事をあまり食べないようです、理由はわかりません、ですから、いつのまにか私が食べる役になりました。

 

 

これに関して、西澤先生の文章を見つけました。

下記になります。

 

arana-vihara.blogspot.jp

 

引用です

質問:お供えした食事は食べてはいけないのですか?

 

答え:何人かの長老に確認しましたが、

私が聞いた限りはお供えしたものを食べたらいけないという長老は

ミャンマーでは一人もいません。

スリランカのお寺、正山寺でも下げたものを食べています。

食べると徳があると信じているビルマ人信者もいます。

 

問題は12時以降に置きっぱなしにしないように注意すること。

戒律で正午過ぎにたべるのが禁じられているのでお供えもそれまでに下げます。

その他にも果物などを丸ごとだす。

(見栄えが良いように飾っているなら別ですが)

神棚にお供えしているわけではありません。

お客さんが来たら果物を丸ごと出しませんよね、

まだ熟していないので置いているだけ?(笑)

ひどい場合、日本では一升瓶がお供えしてあります。

お菓子などを箱から出さないなども

三蔵護持者のウィセッタサーラビィヴァンサ大長老が批判するのを読んだことがあります。

(果物を飾っているのはミャンマーでもよく見られます)

信者さんによっては本当に一人の人間が食べるぐらいの量をお供えして、

それを托鉢に来た比丘にお布施し、二度功徳を得ます。

ネコババではないと思いますが・・・

本人が食べなくても動物に与えるのは当たり前です。

日本は勝手に動物に与えると迷惑条例で捕まるかもしれませんの自己責任でお願いします。

 

お供えをゴミ箱行きしていたら、もし釈尊が在命中でしたら喜ぶでしょうか?

佛歯寺だったか分かりませんが100人ぐらい食べれそうな量を毎日お供えするそうです。

それも捨てているのでしょうかね?

 

お供えしたものは食べてはいけない理由がわかりませんが、

長部の大涅槃経や中部の法相続経からでしょうか。

意味が違うと思いますよ。

 

自分が後で食べようと思ってお布施しても意味が無いと思うなら

自分で食べずに別の生命の与えたほうが良いでしょう。

 

私の記憶があいまいなので出典が分かりませんが、

釈尊のお食事中にビンビサーラ王が来て、

王が食べたそうにしているのを釈尊が知り残りを食べさせた話を聞いたことがあります。

 

ただ比丘が食事を与えていい在家は限定されているので、

その中に入るようにお寺の掃除などをしたり

仏壇の周りを掃除するなど仏教のために働いた後に

お供えのお下がりを食べるように勧める長老もいます。

 

比丘が食事などを与えていい在家

寺で雑事をしている在家

貧しい両親

王、盗賊などです。

王や盗賊は怒らせると怖いのでご馳走しても良い。(笑)

貧しい両親は恩を返すために托鉢してでも面倒を見るべきだといわれています。

お寺のために働いている人などです。

 

まあ、どうでも良いことですが

ご参考までに。

 

偉そうなことは言えませんが、お寺を掃除したり、まじめにお経を唱えたり、まじめに修行したり、そういった方は食べてもいいんじゃないでしょうか。

 

働かざる者、食うべからず、です。

 

わたしは、きちんと、そういった方になってないかも・・ですが、それに値する人間になりたいですね。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。

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