ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

慈経(メッタスッタ)を覚える(10)第三偈 一行目、二行目

お経の暗唱は第五偈まで覚えました。

 

第六偈にとりかかってます。

 

若いころはこれくらい簡単に暗唱できたのでしょうけど、50歳を過ぎると記憶力がガクンと落ちます。

 

一週間かかって、やっと一偈を覚えます。

 

 

 

テキストは下記を参照していますが

 

 

もう一冊参照しています

木岡治美さんの「日常読誦経典 パーリ語ノート」

アラナ精舎の落慶法要記念に出された本です

落慶法要には参加できませんでしたが、なぜか持っています。

木岡様、ありがとうございます。

f:id:oldmanbuddhist:20170921200654j:plain

 

 

 

いよいよ第三偈です

第三偈

 

ナ チャ クッダン サマーチャレー キンチ

イェーナ ヴィンニュー パレー ウパワデッユン

スキノー ワー ケーミノー ホントゥ

サッベー サッター バワントゥ スキタッター

 

智慧ある)識者たちが批判するような、

どんな小さな過ちも犯さないように。

幸福で平安でありますように。

生きとし生けるものが幸せでありますように。

 

ナ チャ クッダン サマーチャレー キンチ

イェーナ ヴィンニュー パレー ウパワデッユン

分解します

 

否定 副詞

 

チャ

そして

しかしして

 

クッダン

小さな

 

サマーチャレー

行う

実行する

 

(頭の否定の副詞をつけて)

ナ サマーチャレー

行うことのないように

 

キンチ

なんであれ

 

イェーナ

それによって

 

ヴィンニュー

識者たちが

 

パレ

他の

 

ウパワデッユン

非難するであろうような

 

 

くっつけると

なんであれ それによって 識者たちが他を非難するであろうような、しかしして 小さなことをするなかれ

 

協会訳

智慧ある)識者たちが批判するような、どんな小さな過ちも犯さないように

 

 

小さな過ちは、仏教でいう「悪いこと」かな?

 

派手でわかりやすい大きな悪いこともありますが、日常の意識もしないような小さな悪いこともあります。

 

仏教はいいこと、悪いことは決まってますので、だいたいは判断できるのですが、でも怖いのは「小さな悪いこと」です。

 

「小さな悪いこと」は、知らないうちに少しづつ貯まってきて、いつのまにか、にっちもさっちもいかなくなります、いつの間にか、まともなことが出来ない人間になっています。

 

ちょっとずつ、じわじわ侵されるほうが怖いです。

 

 

仏教を学ぶ善友から「それはダメだよ」と言われたことは、やらないほうがいいです。

 

どうでもいい人からどうでもいい非難をされるのは平気ですが、人格者からとがめられたら真剣に直さなくていけないです。

 

一番の人格者はお釈迦様です、お釈迦様が「ダメだよ」ということは、頑張ってやらないほうがいいです。

 

 

人格者が「それは善くないよ」というような、どんな小さな悪いこともしないように。

 

小さな悪いことができない人は、当然、大きな悪いこともできません。

大きな悪いことは、小さな悪いことの積み重ねなんでしょうね。

 

次はいよいよ、慈悲の実践をやらせていただけます。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。