ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

慈経(メッタスッタ)を覚える(12)第四偈 一行目、二行目 慈悲の冥想の対象って?

お釈迦様は徹底してます。

あやふやなところはありません

やっと、慈悲の実践を始めましたが、対象は「生きとし生けるもの」です。

その「生きとし生けるもの」をもうちょっと詳しく説いていきます。

 

対象がはっきりしなければ、なんのための慈悲の冥想か、わからなくなりますから・・。

 

第四偈

 

イェー ケーチ パーナブータッティ

タサー ワー ターワラー ワー アナワセーサー

ディーガー ワー イェー マハンター ワー

マッジマー ラッサカーヌカトゥーラー

 

いかなる生命であろうともことごとく

動き回っているものでも、動き回らないものでも、

長いものでも、大きなものでも、

中くらいのものでも、短いものでも、微細なものでも、

巨大なものでも

 

 

一行目、二行目になります。

イェー ケーチ パーナブータッティ

タサー ワー ターワラー ワー アナワセーサー

 

分解すると

イエー

ものは

 

ケーチ

いかなるものでも

 

パーナブータッティ

生あるものとして存在している

 

タサー

動くものたちであれ

 

ワー

あるいは

 

ターワラー

動かないものたちであれ

 

ワー

あるいは

 

アナワセーサー

余すところなく

 

くっつけると

生あるものとして存在しているいかなるものは

動くものたちであれ、動かないものたちであれ、余すところなく

 

正田先生の訳

彼らが誰であれ、命ある生類たちとして(世に)存するなら、

あるいは、動くものたちも、あるいは、動かないものたちも(全て)残りなく

 

協会訳

いかなる生命であろうともことごとく

動き回っているものでも、動き回らないものでも、

 

スマナサーラ長老の訳語から

いかなる命あるものであろうとも

あるいは、揺れるものたち(生命)であれ、いくらか安定しているものたち(生命)であれ、(上記のどちらにも入らない)生命であれ

 

訳の解釈に微妙な相違があります。

スマナサーラ長老は3種類の生命があると、してます。

他の方は2種類です。

 

ここは、慈悲の対象を明確にするためにも、長老訳を取ります。

 

慈悲の対象は全ての生命です

3種類あります

 

揺れるということは不安定ということ

不安定な生命、 揺れる生命、 不安定な生物、肉体的にも不安定、

精神的にも不安定、心が不安定 弱い人間、弱い生命

 

いくらか安定している生命や人間 肉体的にもいくらか安定、精神的または心もいくらか安定

 

上記、二つに入らない生命

 

以上3つが全てです。

 

 

お釈迦様の慈悲の実践の対象になる生命の説明が続きます。

 

お幸せでありますように。

 

 

下記参考にした本です

 

『日常読誦経典パーリ語ノート 木岡治美著』非売品です

 

 

正田先生の本です

小部経典 第一巻 (パーリ語原文付)?正田大観 翻訳集 ブッダの福音?

小部経典 第一巻 (パーリ語原文付)?正田大観 翻訳集 ブッダの福音?