「良寛さま」相馬御風著より
なぐられた良寛さま
これもある月のいい晩のことでした。
ある村の知った人の家に泊めてもらっていた良寛さまは、夜ふけてから一人で散歩に出かけました。そのとき良寛さまは坊主頭が寒いので、手拭で頬かむりをしていました。
道ばたの草には一めんに露がおりていました。そして月の光をうけて、うつくしく輝いていました、草のかげでは、あちらこちらでも、虫が鳴いていました。
良寛さまは空のお月さまを眺めたり、草原の美しい露の玉を見たり、いろいろな虫のうたを聞いたりしながら、どこいうあてもなく歩いていきました。
と、いきなりうしろから、二人の男が、
「この野郎!」
と大きな声でどなって、良寛さまの襟首をひっつかんで地べたへころがしました。
そしてさんざんに良寛さまを蹴ったり、なぐったりしました。
良寛さまはなんのことかわからなかったけれども、黙って苦しさや、痛さをこらえながら、されるままにしていました。あんまり蹴ったりぶったりされたので、なんだか気が遠くなるような気さえしました。
二人の男はさんざん良寛さまをひどい目にあわせてから、
「おい、きさまだな、このあいだからちょくちょくあってこっちの畑のものを盗むのは、太い野郎だ。うむ、こら、面を見せろ、面を」こういいざま、良寛さまを引きずり起こして頬かむりの手拭をはぎ取り、二人一緒に良寛さまの顔をのぞき込みました。良寛さまはやはり黙ってされるままにしていました。
と、明るい月の光で良寛さまの顔をはっきり見た二人の男は、
「や、こりゃ、良寛さまじゃないか」
「良寛さまだ!」
こうさけんだかと思うと、二人ともあんまりびっくりしたので、まるで腰が抜けたようになって、地べたに尻もちをついたまま、しばらくぼんやりしていました。
良寛さまは体のあちこちを痛い目にあいましたが、さいわいけがもしていませんでしたから、そのまま立ち上がって帰ろうとしかけました。
それを見ると、二人の男はあわてて地べたにすわりなおって、良寛さまの前に頭を下げました。そしていいました。
「良寛さま、どうぞかんべんしてください。わしらはこの村の者でございますが、このごろ畑どろぼうがあって困るので、こうして毎ばん畑の番をしておるのでございます。そこへちょうどあなたが頬かむりなんかをして畑のあちらこちらを歩いておいでなされたので、ついいちずに畑どろぼうだと思い込んだために、あんなことになってしまいました、どうぞゆるしてくだされませ。それにしても、あの時あなたが一ことわしは良寛だとおっしゃってくだされば、こんなことにはなりませんだのに・・・ああ、ほんとうに悪いことをしてしまいました。どうぞかんべんなさってくだされ。良寛さま、この通りおがみます」
こういって二人の男は泣きながら手を合わせて良寛さまを拝みました。
けれども良寛さまは少しも怒ってなんかいませんでした。
少しもその人たちを悪いとは思っていませんでした。そして、「いや、わしがわるいのじゃ。夜おそく畑の中なんか歩いたりするもんじゃでのう」
良寛さまはこうやさしくいって、そのまま帰っていきました。ふたりの男は涙を流しながら、良寛さまのうしろ姿を拝んでいました。
日頃、悪いことをしてなくても、悪いことはされるものです。
これを読むと、サーリプッタ尊者を殴って、試そうしたバラモンの話を連想します。
悟っているのかどうか試そうとしたのです、こちらのほうがタチが悪いです。
下記URLにあります
ダンマパダにもあるのです
- Na brāhmanassa pahareyya
Nāssa muñcetha brāhmano
Dhî brāhmanassa hantāram
Tato dhî yassa muñcati
389
バラモンを打つことなかれ
バラモンに憤り放つことなかれ
バラモンを打つは厭( いと)わしい
〔バラモンに〕憤り放つことはさらに厭わしい
- Na brāhmanassetadakiñci seyyo
Yadā nisedho manaso piyehi
Yato yato himsamano nivattati
Tato tato sammatimeva dukkham
390
それよりも優れたことあり
〔バラモンに〕好意を持ち心制御すること
〔バラモンへの〕害意を消してゆくこと
その度に苦しみは消えてゆく
凡夫たる私は、「サーリプッタ尊者、良寛さまはさすがだ、百姓2人はしょうがないとしても、それにしてもなんとタチにわるいバラモンなんだ」と思ってしまいます。
凡夫の低劣な感想で申し訳ないです。
凡夫の感想に関係なく、聖者二人は進んでいきます。
ダンマパダでは、聖者に対して暴力を振るうより、もっとも厭わしい行為は、聖者に対して怒りを抱くこと、怒りを発散すること。
そして優れた行為は聖者と付き合うこと。
害意はなくなり、苦しみが減っていきます。
なぐられたこと、暴力よりも、みんなの心の状態を仏教は重視しています。
良寛さまはなぐられてしまいましたけど、その心の状態、なぐった人の心の状態、ここをよくみながら、読む物語ですね。
お幸せでありますように。