ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

長老の新刊を読む(1)

 

 

気に入ったところを抜き出してます。

 

21

もしできなかったら・・・・・・不安です。

 

何かをするときに「しないといけないことができなかったら」という不安や恐怖が過剰に出てくるときがあります。その気持ちはいったいどこから出てくるものなのでしょうか?またどう対処したらいいのでしょうか?

 

 

長老の答え

ごちゃごちゃ考えず、瞬間に生きること

 

「それは妄想しすぎでしょう。余計なことを考えないで、「これをやらなくっちゃ」とさっさとやることです。

 

「明るく、楽しく」

 

「こころの中にゴミをためない」

 

「余計なことを考えずに、なんでも明るくパッパッとやってください。できそうにもないなぁと思ってもまずやってみて、できなかったら「できないですね」と正直に言えばいい。ごちゃごちゃ考えずにてきぱき動くこと。うまくいかなかったら「うまくいかなかったね」で終わり。

 

 

 

ごちゃごちゃ考えながら物事をやってると、なんだか心にゴミがたまるような感じがします、で、うまくいかない。

うまくいかなくてなおさら考える、ゴミがたまる一方です、このゴミは心に良くないものですので、自己破壊につながる、ということです。

 

いちいち自己破壊につながる行為をするくらいなら、世の中の日常生活とか仕事は決まり切った中でやっているので、ごちゃごちゃ考えずに明るく、とっととやれば、という話です。

 

本では「思考する資格」という言葉が出てきます。

きちんと生きる能力が無いからあれやこれや思考する、はた迷惑です、とバッサリです。

 

「思考する資格がない人」が思考したところでうまくいくわけがない、とこれもバッサリです。

 

「思考する資格がない人々」というのは、私も含めて、ほとんどの人が入ると思います、うまく表現できませんが、なんとなくわかります。

 

自分自身、思考する資格はありませんので、せめてゴチャゴチャ考えず、明るく、楽しく、テキパキ、ものごとに励みたいと思います。

 

そのほうが、心にも良さそうです、心にいいことなにかしてますか?です。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。