ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

南伝大蔵経について

以前、梅田の古本屋で『南伝大蔵経』の戦前の版を見つけました。

全65巻70冊のうち69冊ありました、非常に状態が良く、店主が言うには、戦前のほうが、本の材質、製本が丁寧だと、現物を手に取って説明してくれました。

 

「ちょっとだけ値引して、送料無料で宅配便で送りますよ」と言われ、かなりぐらつきました。

でも、現実問題、置くところが無いので断念しました。

 

現在、大蔵出版社からOD版として発売されています。

daizoshuppan.azurewebsites.net

 

 

 

『ごまかさない仏教』で宮崎哲弥氏が述べています。

 

ごまかさない仏教: 仏・法・僧から問い直す (新潮選書)

ごまかさない仏教: 仏・法・僧から問い直す (新潮選書)

 

 

片山氏による大蔵出版のシリーズは、春秋出版に比べて脚注が充実していて、私のようにパーリ語に精通していない者にも懇切です。ただもう少し安価になると読者も広がると思うんですがねえ・・・。。

 

あと大蔵出版といえば、高楠監修の『南伝大蔵経』の一部が電子データ化され、国立国会図書館の『近代デジタルライブラリー』で公開されていたのですが、2013年に版元である同社の抗議を受けて、「当分のあいだ」インターネット提供は見合わせるということになりました。

高楠「南伝大蔵経』は古い文体でリーダビリティーに欠けているので、これはむしろ一部公開を許容したほうが、パーリ三蔵の普及を促進し、むしろ片山氏の『パーリ仏典』の売上に貢献したと思うのですけどねぇ。大蔵出版社さんももう少し仏教および仏教学の振興を考えていただきたい。

 

 

同感です、下記に国立国会図書館の対応が示されています。

『インターネット提供に対する出版社の申出への対応について』

http://www.ndl.go.jp/jp/news/fy2013/report140107.pdf

 

読んでみると、大蔵出版社が膨大なコストと労力をかけて、困難をこえて出版したのは、大いに敬意を表すべきです。

 

上記より大蔵出版社の主張の趣旨です

(2)大蔵出版の『大正新脩大蔵経』及び『南伝大蔵経』に関する主張旨

大蔵出版が、『大正新脩大蔵経』及び『南伝大蔵経』に関し、国立国会図書館に対して行っている批判の趣旨は次のとおりである(30

○ 現在販売されている書籍である『大正新脩大蔵経』及び『南伝大蔵経』について、国立国会図書館が、現在の出版社である大蔵出版に事前の相談なくインターネット公開するのは不当である。

○ 当該書籍は、復刊に当たり著作権者の高楠順次郎博士の遺族と正式に出版契約を結び、編纂、著作に関する一切の権利を譲り受けて、復刊したものである。

○ 業界、仏教界、仏教学会においても、大蔵出版の出版権は尊重されている。

○ 復刊に当たり、大蔵出版は膨大なコストを投入しており、版面権を大蔵出版が保持している。『大正新脩大蔵経』の紙型は昭和 20(1945)年 3 月の空襲により全て焼けたため、戦後、出版事業を引き継いだ大蔵出版が、印刷刊行されたものの全ページを写真にとり、それを写真版として新たに起こし、修正を加え、昭和 35(1960)年から昭和 49(1974)年にかけて刊行したものである

○ 復刊後、大蔵出版は、海外の海賊版に悩まされた。『大正新脩大蔵経』については製本を簡略した普及版を刊行して、海賊版を排除した。しかし、版面権は全く無視されている。出版社に出版権はないのか。

○ こうした経緯と出版社の権利を国立国会図書館が無視するのは横暴である。国立国会図書館は、国民に対して、デジタル海賊版を公開している。

○ 民業を圧迫してまで、販売中の書籍をインターネット公開すべきではない。実際に『大正新脩大蔵経』の売上げは、平成 21(2009)年と比較して、平成 22(2010)年、23(2011)年は約 3 分の 1 程度となっている。

○ 一方、大正新脩大蔵経テキストデータベースは、出版の経緯を踏まえ、各国の仏教学会と国際的合意に基づいて構築されている。

 

 

 

ただ、権利関係だけを見ると

「インターネット提供に対する出版社の申出への対応について」から引用します。

著作権等の状況
(ポイント)
○ 本事案に対する著作権の状況を確認する。また、大蔵出版が主張するその他の法的権利について、その内容と有無を確認する
(当館の認識)
○ 『大正新脩大蔵経』の代表編者である高楠順次郎博士が亡くなったのは昭和 20(1945)年である。著作権法第 57 条の規定により、「著作者の死亡の日の属する年の翌年から起算」し、50 年が経過した、平成 7(1995)年末をもって著作権保護期間が満了していると解している。
大蔵出版著作権以外の権利として主張する出版権及び版面権であるが、前者については、そもそも著作権者が設定する権利であるところから、著作権保護期間が満了した場合には当然に消滅すると解する。また、後者の版面権については、立法に関して議論が行われたことは承知しているが、現在我が国において保護されるべき法的権利として存在しないと解する。

 

私見で恐縮ですが、大蔵出版社の努力も認めますが、元々仏教は誰のものでもないし、著作権保護期間が過ぎ、誰のものでもなくなってしまったので、ご自分の主張を優先するか、仏教の振興を優先するかですね。振興を優先したほうが、裾野が広がり、長い目で見れば、仏教関連書籍の安定した出版につながると思うのですが。

 

 

あと、現代の流れからいえば、紙の本にこだわらず、有料で安価な電子出版をしてもいいのではないでしょうか? 住宅事情を考えると70巻置くのは相当の決心が必要です。一人暮らしの学生だとまず無理です。

 

こういった経典は何かあった時に、ピンポイントであたったりする事が多いです、ですから電子書籍ですと検索もでき非常に便利です。

 

一番うれしいのは場所をとらないことですね。

 

すでに電子化されている正田先生の書籍は非常に便利です。

khuddakanikaya.evolving.asia

 

 

自社の利益を主張することも大事ですが、扱っているものが、元々誰のものでもないし、お釈迦様は著作権を主張してないし、高楠先生の著作保護期間も終了しています、

 

本当に仏教のことを考えると、何が良いのでしょう?

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。