ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

冥想いろいろ

「冥想やっていますか?」と聞かれると、放逸に塗れているので、胸を張って答えることができません。

 

「やっていないくせに」と言われそうです・・。

 

話は変わりますが・・。

例えば、病気になり、病院で入院、体や心がしんどい状況に陥るかもしれません。

そのとき、どうしましょう?

 

シャバで元気なときは、あまり冥想しなかったくせに、入院で、私は冥想するのでしょうか?

 

病気で入院のほかに、過ちを犯し、犯罪者になり、刑務所に入れられてしまう、さて、私は刑務所で冥想三昧するでしょか?

 

 

病院でも刑務所でも、冥想のことを知っているなら、やったほうがいいみたいですね。

 

 

チエリさんの「ブッダラボ」より「アウンサン・スー・チーと冥想」

thierrybuddhist.hatenablog.com

 

自宅軟禁されていたスーチーさんと冥想の話です、ほかに刑務所に入れられていた政治犯と冥想の話です。

 

 

チエリさん、いつも興味深い記事ありがとうございます。

 

病院でも、刑務所でも、お釈迦様の教えに対して、自分の心に迷いが無ければ、冥想しかないです。

 

冥想が無ければ、その閉鎖的な場所での生活は乗り越えられないような気がします。

 

恵まれたシャバだと、放逸になり、積極的にやらなくなってしまう。

これじゃあ、いけないんです。

 

冥想は知っていれば、人生がピンチのときでも、何かしら役に立って、やっていけそうな気がします。

 

ここまできてやらなきゃ、仏弟子ではありませんね。

 

お幸せでありますように。