ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

お金で線を引く話

仏教は宗教でない、と思っているのですが、カルトまがいの宗教とか、怪しいセミナーとか、一般の宗教法人でさえも、いろんな話を聞いたりします。

 

あー、引っかかってるなあ、というのもあります。

 

具体的には書けませんが、怪しい団体に共通しているのは「お金」です。

 

いろんな、宗教団体、セミナー団体、組織ですから、組織を維持するためにはお金がかかります、お金がかかるのはわかりますが、ただ、そのお金の集め方というか・・。

悩みにつけこんだり、人間関係につけこんだり、マインドコントロールしたり。

 

先にお金なんだな、お金なんでしょうね。

 

自分にいろいろな悩み事があって、宗教とか、セミナーに参加する方がいます、指導する人がいます、仲間もできます、親しくなるかもしれません、その際、献金とか、お布施とか会費とか、いろんな経費の負担を言われることがあるかもしれません。

 

周りの仲間がやっているから「払わなくっちゃ」とか、先輩のご機嫌を損ねたくないから「払わなくっちゃ」とか、バチが当たると脅されて「払わなくっちゃ」とか。

 

別に、払う払わないは本人の自由ですが、雰囲気に流されて、額も確認しないで払っているケースもあるのではないでしょうか?

 

 

 

 

そんなとき、私は「金の切れ目が縁の切れ目」決めてます。

 

 

 

効果がなかったら、もう払わない

効果の対価しか払わない

対価の額は自分で決める

 

払う上限を決めていて、それ以上求めるなら、もう払わない

 

それ以上のことを求めるなら、はいさようなら。

 

金額で、数字で線を引いてもいいのではないでしょうか?

 

 

怪しい団体は際限なく、お金を求めてきます、その時点で怪しいです、どんなに親しい関係ができても、すっぱり切ることをおすすめします。

 

お金で線を引いて、自分の身を守れるなら、やってみてもいいのではないでしょうか?

 

怪しい団体よりも、お金のほうが偉いのです。

お金の集め方を、その団体への判断基準、評価基準にしてもいいのではないでしょうか?

 

 

 

 

私自身、日本の法律上の宗教法人の会員ですが、参加、退会は自由です。

月刊誌の購読料しか払ってません。

 

テーラワーダのお坊様は、冥想指導でも法話でも、お金を取ってはいけないことになっています。

 

冥想指導は無料です。

法話を聞くのも無料です。

 

ただ、冥想会、法話会にしても、会場を借りる場合がありますので、会場使用料を常識の範囲で喜捨、もしくはお布施します、金額は常識の範囲内で自分で決めます。

 

お布施にしても使い道を指定できるので、納得したお金になります。

 

これが普通だと思います。

 

 大乗のお坊様で、儀式の際、具体的な金額を請求したら、本当は下品な行為なのですが、日本の大乗のお坊様は、妻帯しお酒を飲んで、我々と同じ在家ですから、まあ、請求してもいいのかな。

戒名も値札を付けて販売してるようなものだから仕方ないか・・。

 

 

 

 

自分で「ん?」と思ったら、要求された金額、払った金額を計算して冷静に判断してもいいのでは、お金で物事を考えるのは単純でいいです、もしかしたら、この単純さが正しいのかもしれません。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。