ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

しつこく道徳(3)

おっさんは仏教徒なので、仏教の立場から、道徳をしつこく見ることにします。

 

先生方が見る学習指導要領の一部を文科省のHPで見ることができます。

 

道徳も見ることができます。

道徳教育:文部科学省

 

上記のHPの中で、「一部改正学習指導要領 平成27年3月告示、小学校 道徳」があります。

PDFで見ることができます。

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2016/08/10/1375633_2.pdf

 

一番最初の部分を抜粋します

 

第3章 特別の教科 道徳
第1 目 標
第1章総則の第1の2に示す道徳教育の目標に基づき,よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため,道徳的諸価値についての理解を基に,自己を見つめ,物事を多面的・多角的に考え,自己の生き方についての考えを深める学習を通して,道徳的な判断力,心情,実践意欲と態度を育てる。
第2 内 容
学校の教育活動全体を通じて行う道徳教育の要である道徳科においては,以下
に示す項目について扱う。
A 主として自分自身に関すること
[善悪の判断,自律,自由と責任]
〔第1学年及び第2学年〕
よいことと悪いこととの区別をし,よいと思うことを進んで行うこと。

 

このあといろいろな項目が延々と続きます、でも内容的に重複してる部分もあり、一番大事なのは。この一番最初の。

 

「よいことと悪いこととの区別をし、よいと思うことを進んで行うこと」

これに尽きると思います。

 

同感です。

 

これさえきちんとできれば、ほかの項目もきちんとやりとげることができます。

 

 

生きていくうえで善悪は判断しなければなりません、でもその基準がないのです。

 

下記より詳細を抜粋します。

「学習指導要領解説 平成27年7月 小学校 特別の教科 道徳編」

 

1 善悪の判断,自律,自由と責任

〔第1学年及び第2学年〕
よいことと悪いこととの区別をし,よいと思うことを進んで行うこと。

〔第3学年及び第4学年〕
正しいと判断したことは,自信をもって行うこと。

〔第5学年及び第6学年〕
自由を大切にし,自律的に判断し,責任のある行動をすること。

(中学校)
[自主,自律,自由と責任]
自律の精神を重んじ,自主的に考え,判断し,誠実に実行してその結果に責任をもつこと。

 

物事の善悪について的確に判断し,自ら正しいと信じるところに従って主体的に行動すること,自由を大切にするとともに,それに伴う自律性や責任を自覚することに関する内容項目である。

 

(1) 内容項目の概要
人として行ってよいこと,社会通念として行ってはならないことをしっかりと区別したり,判断したりする力は,児童が幼い時期から徹底して身に付けていくべきものである。それとともに,より積極的で健康的な自己像を描くことができるようにすることが大切である。そのためには,何事にも積極的に取り組む姿勢が必要となるが,その原動力が自らを信じる姿勢であると考えられる。ただし,それは,過信や自分勝手ではなく,よいと思ったり正しいと判断したりすることができる力を伴った自信や自律的な態度でなくてはならない。よいこと,正しいことについて,人に左右されることなく,自ら正しいと信じるところに従って,誠実かつ謙虚に行動することは,人として重要なことである。特に,価値観の多様な社会を主体的に生きる上での基礎を培うために,よいことと悪いこととの区別が的確にできるように指導しておくことは重要である。

また,自己を高めていくには何物にもとらわれない自由な考えや行動が大切である。自由には,自分で自律的に判断し,行動したことによる自己責任が伴う。自分の自由な意思によっておおらかに生きながらも,そこには内から自覚された責任感の支えによって,自ら信じることに従って,自律的に判断し,実行するという自律性が伴っていなければならない。

 

 

上記の文章に

 「物事の善悪について的確に判断し,自ら正しいと信じるところに従って主体的に行動すること」とあります。

でも、小学校低学年が、物事の善悪を的確に判断し、自ら正しいと信じるところに従って主体的に行動できるでしょうか?

 

他にも

「人として行ってよいこと,社会通念として行ってはならないことをしっかりと区別したり,判断したりする力は,児童が幼い時期から徹底して身に付けていくべきものである。」とあります。

 

人として行ってよいこと、社会通念として行ってはならないことの区別する力をつけなければなりませんが、大人が教えてあげて、その力をつけてあげなければなりません。

 

大人にその力がありますか?

大人は、嘘をついて、人を殺し、悪口を言い、やってはいけないことを平気にやる、そんな大人が子どもに教えていいのですか?

 

「人として行ってよいこと」この言葉があるなら、文科省は具体的に示さなければなりません。

 

「社会通念上、行ってはならないこと」これも、具体的に示さなければなりません。

 

たぶん、教える資格のない大人が、頭の中で考えた主観に満ちた善悪の通念を教えることに任せることになるのでしょうね。

悪い意味の現場任せです。

 

子どもは論理的に冷静に大人を見てますので、教える資格のない大人を見抜きます。

資格のない大人の空虚な言葉は聞きません。

結局、道徳教育は成り立たなくなります。

結局、軽んじられます。

 

 

道徳教育は成り立たない、という結論だと、話が終わってしまうので、次に続きます。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。