ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

ジャータカ物語 「大声で泣いて、大声で笑った羊の話」

ジャータカ物語

「死者への供え物の話」

まずは読んでみて下さい。日本テーラワーダ仏教協会のHPにあります。

ジャータカ物語 死者への供え物の話

 

読んでみると、悪いことする気がなくなります。

 

生贄という行為、自分の都合で他の生命を殺すことです、いかなる理由があろうとも殺生です。

 

殺生自体、ヤバい行為なのですが、殺生するだけではすみません。

 

私が怖いなあ、と思ったのは。

引用します

お釈迦さまは、苦しみを与えるものは苦しみを受ける、恐怖を与える者は恐怖を受けるという立場で、幸せを望むなら、幸せを与えるべきと説かれました。

 

自分がやったことは、自分が受けるということです、今世で終わりではないです。

 

この物語でいくと。

 

例えば、私が人の首を絞めて殺生するとします。

 

殺生したという業をつかむことになるのでしょう。

 

長い間地獄に堕ちて、輪廻して、人間界に体をもって生まれてきても、首を絞められて殺されるんです。

 

 

人を殺した業は強烈に強いのでしょう、防ぐ手立てもなく、輪廻したところで殺されて生命が終わります。

 

それも500回続きます。

 

いや、生贄の殺生ではないので、この羊の物語より、もっときついことが待ってるかもしれません。

 

 

 

そういえば似たような話を以前書いてました。

jataka.hatenadiary.jp

 

 

この羊はなぜ殺されるのか、わからずにいままで輪廻をしたのでしょうが、500回目を目前にして、智慧の力で自分の前世がわかったのでしょう。

 

前世がわかって、大笑い、大泣きです。

 

生きるのは苦だし、しんどいし、やっと生きてるのだし、それがわかれば、意地悪してやろうとか、害してやろうとかいう気持ちは、本当は起こらないのですけど・・。

 

悪いことをしようとする気が失せる話でした。

 

羊の話、ここにもあります。

 

スマナサーラ長老と読む お釈迦様の物語「ジャータカ」

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