ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

自分のやったことを受け取る

日大アメフット部のニュースまだまだ続いています。

 

日本国内、みな冷静になって、学生のためにベストなことを考えてあげることが大事なのではないでしょうか?

 

世の中、いろいろな事件がありますが、自分のやったこと、その結果は自分が受け取りますね。

 

例えば、私が自分の後輩に、指導と称して、化石時代的な精神的に追い詰めるような指導というか、理不尽な行為を相手にする。

 

その時は、善悪の判断もわからず、相手にやってしまう。

 

その時は、それでいいと、思うのでしょう。

 

でも、そのときの私の行為が、のちほど、結果を出してきます。

 

悪行為であれば、悪行為なりの結果を、ひとつも漏らすことなく、すべて私が受け取ることになります。

 

今世でなければ、来世で受け取ります。

 

仏教で因果や業を学べば当たり前の話なのですが、私はほんとうにこわい話だと思いました。

 

善悪の判断ができないまま、やってしまうと・・・

 

 

監督やコーチは、自分たちのやってしまったことの結果を受けているところです。

 

大学もいままでやってきたことの結果を受けてます。

 

記者会見をした二十歳の若者は、自分のやったことをきちんと認め、その結果をきちんと理解し、逃げずに受け入れ、きちんと対応しました。

 

結果から逃げ回っても、逃げ回った結果をまた受けとることになります。

 

自分のやってしまったその結果に臨む姿勢も大事です。

 

いろいろ教わった事件です。

 

 

 

仏教のおかげで善悪の判断はできそうです、でも善行為まで頭が回らないので、せめて悪行為に注意しようと思ってます。といっても、知らず知らずの悪行為をしてるのですが・・。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。