ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

『不機嫌は罪である』続き

 

不機嫌は罪である (角川新書)

不機嫌は罪である (角川新書)

 

 

齋藤先生はここでSNSについて言及してます。

 

SNSは不機嫌伝達ツールになった」

「インターネットは不機嫌な無免許運転者だらけ」

「誰もが無責任に自分の不機嫌を発信できてしまう」

 

SNSの威力は絶大です、お互い助け合うとか、役に立つことをしよう、という目的なら最高です、とてもいい世の中になります。

 

でも、話題になるのは、炎上とか、無分別な怒りとか、貪瞋痴を散らかしている状況です。

 

あと、正義感とか、絶対に正しいとか、そういったことを不機嫌に振り回す。

 

スマナサーラ先生もよく法話で「人間のやることに絶対はない」と言います。

 

ニュースを見て、「カチン」とくることがあります、カチンをくる自分の考えも絶対ではない、どこか間違っているかもしれません、でもそれに気づかないんですよ。

 

気づかないまま、不機嫌と貪瞋痴に塗れている。

 

齋藤先生はここで上機嫌のために「SNS断ち」を提案します。

次に当てはまる方は「SNS断ち」をしたらどうでしょうか?

引用します。

「既読スルー」を気にしてしまう人

寝る前に1~2時間もSNSやネットサーフィンをしてしまう人

「いいね!」がないとがっかりする人

「炎上」を見かけると話題をさかのぼってネガティブなコメントを眺めてしまう人

毎日、「なんだか時間がない」と感じている人

 

 

貪瞋痴に塗れるなら、「SNS断ち」「メッセージアプリ断ち」をしたほうがいいかもしれませんね。

 

不機嫌な言葉を使わず、困った人を助け、役に立って、仲良くする、そういったツールのSNSは賛成ですが、それができなければやめたほうがいいかもしれません。

 

齋藤先生のSNSに関する意見はおおいに賛成です。

SNSやメッセージアプリに振り回されてる方は読む価値があります。

 

ちなみに私はSNSは使っていません、メッセージアプリは業務連絡のみ。

若い方には笑われそうですが、とくに不便はありません、自分の時間を大切にしたいので・・。

 

『不機嫌は罪である』補足でした。