ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

お祈りに効果はあるの? なぜ祈ったりなんかするの?

お寺や神社にお参りしたり、神様に祈ったり、ご本尊に祈ったり、これって、なぜ?

 

新興宗教でも、精舎やお寺に信者さんがやってきて祈ったり、祈り終わったらそそくさ帰ったり。

 

これってなんのためにするの?

 

効果はあるの?

 

この問いに答えます。

 

この難しい本から引用します。

 

スッタニパータ 第五章「彼岸道品」

スッタニパータ 第五章「彼岸道品」

 

 

 

プンナカさんがたずねた、

「動揺することなく達観せられたあなたに、おたずねしようと思って、参りました。仙人や常の人々や王室やバラモンは、何の故にこの世で盛んに神々に犠牲を捧げたのですか? 先生! あなたにおたずねします。それを私に説いてください」

 

プンナカ仙人の問いにお釈迦様が答えます。

 

師(ブッダ)は答えた、

「プンナカよ。およそ仙人や常の人々や王族やバラモンがこの世で盛んに神々に犠牲を捧げたのは、われらが現在のこのような生存状態を希望して、老衰にこだわって、犠牲を捧げたのである。」

 

本では、現世利益と、老衰に差しかかって、死にかけた人が怯えて神に祈る、とあります。

 

祈る理由は、ほとんどが、自分のための現世利益です、私もこれははっきりと言い切ります。

 

で、祈りって、本当に効くのでしょうか?

 

 

プンナカさんがいった、

「先生! およそこの世で仙人や常の人々や王族やバラモンが盛んに神々に犠牲を捧げましたが、祭祀の道において怠らなかった彼らは、生と老衰をのり越えたのでしょうか? わが親愛なる友よ。あなたにおたずねします。それをわたしに説いてくだい。」

 

本当に効くんですか? と真剣にたずねます。

 

で、お釈迦様の答えです。

 

 

師は答えた

「プンナカよ。かれらは希望し、賞賛し、熱望して、献供する。利益を得ることに縁って欲望を達成しようと望んでいるのである。供犠に専念している者どもは、この世の生存を貪って止まない。彼らは生や老衰をのり越えていない、とわたしは説く。」

 

 

効きめがないからやめなさい。 とバッサリです。

 

祈りと現世利益は関係ないです。

 

 

私自身、この世のしがらみで、神社とかお寺とかお墓参りや仏壇の前で、手を合わせる機会があります。

 

 

 

そのとき唱える言葉は、「生きとし生けるものがしあわせでありますように」と決めてます。

 

この言葉なら、自分の心にちょっと効きそうです。

 

生や老衰をのり越えるかどうかはわかりませんが・・・。

どうせなら、自分の心に良いことをしたいですね。

 

私の拙い文章だと、わかりにくいと思うので、詳しくは本に挑戦してみてください。