ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

薬物依存の復習(3)

復習中の本です

 

薬物依存症 (ちくま新書)

薬物依存症 (ちくま新書)

 

 

 

すみませんが、本を読んでの私見です。

 

同じアルコールを飲んでも、依存症になる人、ならない人がいます。

 

この違いは?

 

人から承認を得ることが人間にとって最高、最大の報酬です。

 

これを得る手段として、人とのつながりで「認められたい、楽しみたい」という欲求から薬物が使われることがあります。

 

それが飲酒の始まり、という方も多いでしょう。

 

中枢神経系である脳にある「報酬系」にあるドパミンを薬物で活性化することで、快楽を得るために依存に陥るとしましたが。

 

人間は飽きっぽい動物です。快楽にも飽きてくるんですよね。

 

中枢神経は飽きっぽいそうです。

 

お酒も飲み続けると、飽きてくる、という人もいます、そういった方は依存症にはなりにくいでしょう。

 

ここで、本書では、薬物依存症は快楽を得るだけの「正の強化」ではなく「負の強化」によって作られるのではないか?と言ってます。

 

引用します。

私はこう考えます、この「負の強化」とは薬物を摂取することで、それまでずっと続いていた「痛み」「悩み」「苦しみ」といった苦痛が一時的に消えるという体験をし、そうした苦痛が消える体験が報酬となり、その報酬を求めてくり返し薬物を摂取する、という現象を意味します。

 

 

身体の苦しみより精神的な苦しみのことですね。

 

うつ状態

否定的な感情(自分はダメだ、何をやってもうまくいかない)

対人関係のストレス

仕事のストレス

家族のストレス

思春期の頃に自尊心が低い

死にたい

パートナーとうまくいかない

PTSD

孤立

 

こういった中枢神経を抑制することで、心の症状を緩和?(この単語でいいのかわかりませんが)するためにアルコールが使われたりします。

 

著しく苦を感じている方は、依存症になりやすいかも。

 

しんどい状況って飽きることがないんですよね、「ヤダ、逃げたい」という気持ちでしょう。

 

心のしんどい状況をなんとかしない限りアルコールは使われ続けますね。

 

 

自分が陥っている「苦」の状況をなんとかしたい。

でもアルコールでは根本解決にはなりません。

 

仏教でも「苦」を説いてます。

「苦」はけっこう根本的な問題なんですよね。

むずかしいんですよ。

 

「薬物」と「苦」の、きれいな結論ってできませんよ。

 

ただ、目の前の「苦」をなんとかしたくて、薬物を摂取し続けて、依存症になってしまう・・・・・・新たな苦の誕生です。

 

依存症になることは、シラフでも生きるのはしんどいのに、またひとつしんどいことを増やした、ということです。

 

 

本書では「薬物」「苦」「依存症」これの接し方、捉え方が書いてあります、読んでみて、ちょっと驚きました。

 

詳しくは次回で。

 

 

ゴータミのサリーちゃん、かわいい。