ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

薬物依存の復習(4)

薬物というか、最初の飲酒は、ひとりではなくて、気の合った仲間とか、仲間がきっかけとなって始まることが多いと思います。

 

最初からいきなり一人の飲酒を始めたら、かなりのものです。

 

でも、依存症になると、一人でも浴びるほど飲みます。

 

やめれない

 

やめれない

 

やめれない

 

いずれ

やめたい、がくると思います。

そのとき、どうするか?ですね。

 

 

世の中が豊かになってくると、飲酒の弊害が出るようになりました。

健康被害、犯罪、いろいろな社会問題

 

これらは、酒のせいだ、ということで

 

アメリカでは禁酒法ができましたけど

禁酒法

アメリカ合衆国における禁酒法 - Wikipedia

 

結局、犯罪の増加、健康被害も解決できず、守ろうとするひともいない。

 

廃止されましたね。

 

いろいろな社会問題は、酒を禁ずることで減ると思ったのでしょうけど、原因は酒ではないんですよ、それを扱う人間です、人間の問題です。

 

禁酒法廃止から2年後の話になります。

AAの誕生です。

アルコホーリクス アノニマス

世界中にある飲酒問題を解決したい、という自助グループですね。

AA

アルコホーリクス・アノニマス - Wikipedia

 

 

このAAの創設者の話がなんだかジーンときます。

ビル・ウィルソン氏の話ですね

ウイッキーから引用します

ボブ・スミスとの出会い[編集]

ウィルソンはアルコール依存症患者になりかけている人を助けることに関心を持ち、オックスフォード運動に参加したが、その最初の6ヶ月間はほとんど成功が得られなかった。それからしばらくして、彼は商取引のためにオハイオ州アクロンへ旅行したが、その取引は失敗し、フラストレーションのあまり彼は再び酒を飲みたくなった。

彼は酒を飲む代わりに、ホテルの電話ボックスに閉じこもり、電話帳で探し当てた教会の修道女に電話した。彼は、飲むのを避ける唯一の希望は、共に語るべき問題を抱えた飲酒者の仲間を探し出すことだという結論を得ていたので、そういった一人を探そうと考えたのだった。この結果、同じく飲酒癖を持っていた、ボブ・スミスという地方の外科医との翌日の出会い-5月母の日-につながった。ボブ自身も飲み続けることを断念し、ビルに再会する。そして、共に飲酒者の仲間を探そうと決意する。これがAlcoholics Anonymous(アルコホーリクス・アノニマス)という運動、霊的共同体の始まりだった。その日、1935年6月10日がAAの創立日と見なされている。

 

ストレスからの強い飲酒欲求のせいで断酒を破りそうになったのですね。

 

でも、それを助けたのは、同じ飲酒癖を持った方だったのですね。

 

 

なんていうか、最初は仲間とか、人とのつながりで始めた飲酒です。

でも依存症になって、自分でも問題だと思い始める。

 

やめたいと思うようになる。

 

なんとか、やめ続けたいと思うようになる。

そうすると、仲間を探すのですね。

 

 

飲酒を始めたきっかけは、仲間や、そのつながり。

でも、やめ続けたい、を助けるのも仲間や、そのつながり。

なんていうか、考えさせられます。

 

 

こういった自助グループは世界中に広がってます。

 

ただ、依存症の問題は一筋縄ではいきません、自助グループにも入らず飲酒を続ける人もいます。

 

飲酒を続けるもの自由

やめれないのも自由

やめたいのも自由

自助グループに入るのも入らないのも自由

 

 

日本ではどの自由も選ぶことができます。

 

で、依存症に対して、最適ないろいろなやり方を作ることもできます。

 

いま、復習している下記の本は、アルコールを含む、いろいろな依存症への最前線の取り組みを知ることができます。

 

あとちょっと、復習が続きます。

 

 

薬物依存症 (ちくま新書)

薬物依存症 (ちくま新書)