ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

家でお留守番と、自分の能力

家人が風邪をひいて、休日は看病です。

 

私の体調不良のときも看病してもらったのでお互い様です。

 

で、悲しいかな、家で仕事(急な締め切りを言われたやつ)をすることにしました。

 

 

 

会社が、自宅に仕事の持ち帰りを指示して、やらせた場合は、残業代が発生するそうです。

 

当たり前ですね。

 

でも、家に仕事の持ち帰りを指示する会社なんて聞いたことないです。

 

働き方改革的にどうなのでしょうか?

 

ほとんどは、家にパソコンを持って、自主的にやっているのではないでしょうか?

 

でも、精神衛生上、セキュリティ上、良くないでしょう。

 

本当は、会社で仕事が完結するのが一番です。

 

時間、仕事量、能力、これを解決するのは「仕組み」「システム」です。

 

個人の能力に依存しない、仕事を仕組みで処理する、時間内に終了できる、という、システムで動く仕組みを作らないと、これまで通りのままですね。

 

 

で、悲しいかな、家でやってみたら、アッというまに終わりました。

ちょっとややこしい問題も見つけて終わらせることができました。

 

自分の能力がアップしたのか?と錯覚しました。

 

考えてみたら

 

勤務時間にやるべき仕事をやろうとすると、「たくさんの急なやらなければならいなこと」に埋もれてしまうのですね、これを掘り出すうちに、タイムオーバーになるのですね。

 

家にいると「たくさんの急なこと」がまったく無くなるので、普通にできるわけです、別に能力がアップしたわけではありません、普通になれたのですね。

 

人間の能力を阻害するのは簡単です。

 

たくさんの急なことをやらせばいいです、で、大事なことをやらせなければいいのです。

 

これで阻害できます、能力が落ちます。

 

でも、能力を落としたくないので、心を鬼にして選択することもあります。

 

でも、これじゃあダメなんだよな、個人が仕事を選択しないで、仕組みで振り分けないと、組織なら。

 

これからは、大事なやるべきことを、取り組む仕組みが必要でしょうね、そうしないと働き方改革の根本ができなような気がします。

 

ただ、「仕組み、仕組み」と言ってると、組織が硬直化するかもしれません。

 

あっちをやれば、こっちが立たず、です。

 

それにしても、自分の能力を錯覚した日でした。