ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

バーワナーの意味

スリランカの方といると、よくバーワナーという言葉が出てきます。

 

いままで、単純に「瞑想」の意味かと思っていましたが、この動画を見て、考えを改めました。

 

3つ目の「瞑想」と「冥想」はどう違うの、の部分で出てきます。

先生のバーワナーの解説があります。

 

www.youtube.com

 

 

もともと、「バーワナー」はディヴェロップメントとか、プログレス、という意味だったのですね。

 

成長、進化、発達、とかです。

 

冥想に限らず、仕事にしても、生活にしても、なんにしても、よいことを成長、発達、進化、伸ばすことはおおいにいいことだと思います。

 

ただ、どうせ伸ばすなら、自分の心をきれいにして、善いことを伸ばしていきたいです。

 

バーワナーはそういった意味とのことです。

 

冥想には「メディテーション」という言葉もありますが、ちょっと言葉に混乱があるみたいです。

 

wikiから引用します。

 

瞑想に関しては複数の言語間での翻訳の行き来に伴う表現の混乱がある。

“Meditation” という言葉はラテン語meditatio に由来している。ローマ時代のmeditatio は「精神的および身体的な訓練・練習」全般を意味していた[2]

その後、ヨーロッパにおいてはもっぱらキリスト教が発展したので、ヨーロッパ諸語の “Meditation” とはキリスト教のそれを指し、イエス・キリスト聖母マリア等を心の中でありありと想い浮かべることを、意味するようになった。これはどちらかといえば仏教における「内観」あるいは「観想」に相当する。ただし日本ではその “Meditation” を「瞑想」と翻訳するのが一般的である。

一方、「内観」、「禅定」等の仏教用語やヨーガなどが、欧米においてはしばしば “Meditation” と翻訳されるため、それらを紹介した欧米の書物がさらに和訳される際(再輸入される際)、それらが元の「内観」等ではなく、「瞑想」と訳されていることも少なくない。

 

西洋諸国の神を思い浮かべる意味が、いつのまにか瞑想と和訳され、仏教にも当てはめられた感じがします。

 

 

 

下記は私見で恐縮です。

 

仏教では「バーワナー」ということで、心をきれいして、最終的には悟るために、修行を進めていった。

 

進める、発展させる、成長する、ということです。

 

 

でも、いつのまにか手段である「瞑想」「リトリート」「メディテーション」「マインドフルネス」が、勝手に独り歩きしているような感じがします。

 

いろいろな自称流派が、セルフメディケーションのために「瞑想」「リトリート」「マインドフルネス」を利用し始めたということです。

 

市販薬みたいな使われ方です。

 

そのとき、そのとき、の処置みたいな感じです。

 

うーーーん

セルフメディケーションを否定はしませんが、でも、そこには、ディヴェロップメントやプログレスはありません。

 

せっかくやるのに、もったいないです。

 

 

あれた、これや、書きましたが、どうせやるなら、ディヴェロップメントとプログレスを目指します、ここの部分に中途半端、という言葉は無いです。

 

やるんだったら「バーワナー」です。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。