ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

浄土宗の印象的な話

浄土宗のお坊様と知り合える機会を得ることができまして、いろいろ興味深いお話を聞けました。

 

普段、大乗のお坊様と深く話す機会はあまりありませんので貴重です。

 

テーラワーダを学ぶと、日本の大乗仏教は「ちょっと違うのではないか?本当に仏説?」とか。

 

妻帯し、飲酒をし、我々在家とまったく同じに生活している大乗のお坊様を見ると、お坊様と言う感じはせず、「もっとまじめに!」と言いたくなるときもあります。

 

法事でも、「ジャータカさんは、飲まないんだ、そんなにお金たくわえてどうするの?」と言う檀家を務めているお坊様が飲みながら聞いてきます。

 

もう、檀家、俺の代になったらやめようかな・・。

 

葬式や法事で飲み食いに忙殺される仏教に疑問はございませんか?

ね、真剣に仏教を学ぼうよ。

 

 

 

でも、今日のダンマサークルの勉強会に一緒だった浄土宗のお坊様は違います。

 

まじめです、頭がいいです。

 

大乗仏教の在り方を真剣に考えています。

こういう真剣なお坊様は好きです。

 

 

「一枚起請文」の話を聞きました。

 

一枚起請文は、浄土宗の宗祖様である法然様が、死の2日前に書いたものとされています。

 

 

浄土宗のエッセンスです、すべてですね。

jodo.or.jp

 

 

ひたすらお念仏に励みなさい、と説きます。

 

これを読むと、いろいろ仏教を勉強された方、とくに初期仏教、上座仏教、南方仏教、テーラワーダ仏教を勉強された方は。

 

「大乗のお念仏か、興味ないなあ、仏説かどうか怪しいのに、なんの価値があるんだろう」と思う方もいるかもしれません。

 

でも、考えてみてください。

 

法然さんが亡くなられたのは、西暦1212年、いまから807年前です。

 

 

当時は、中国から伝わった大乗仏教が、お釈迦様の教えとして学ばれていました、南方仏教のことは知る術がありません。

 

でも、当時の宗祖さま方は、仏教を広めるべく苦心されたんですよね。

 

 

鎌倉時代は戦乱の時代で、庶民は生きていくのがやっとです。

 

食べるものもない、字も読めない、平均寿命も24才とありました。

 

平均寿命が短いと、通常、乳幼児、幼児、子どもの死亡率が高いと思われます、生まれても育たなかったのでしょうね。

 

生き延びて大人になっても戦乱で死んでしまう。

 

仏教は中国から来た大乗仏教のみ、国内の状況は最悪。

こういった限られた条件で仏教を広めようと、宗祖さま方はかなり苦心されたと思います。

 

ja.wikipedia.org

 

 

本日、お話を聴けた浄土宗のお坊様は「重湯」の例えを話してくれました。

 

 

現代は病気になったら、病院に行き、薬をもらう、これで治りますね。

 

でも、戦乱の鎌倉時代は病気になったら、庶民には「重湯」しかなかった、重湯という選択肢しかなかった。

 

庶民がなんとか手に入れることができる重湯が、念仏にあたるのかもしれません。

 

庶民の心の救い、このためにはどうすればいいか?

限られた条件の中で、苦労してやった、ということです。

その努力は批判できないなあ。

 

 

ですから、情報が行きわたっている現代で、大乗の宗祖仏教を批判することはたやすいですが、当時の時代背景等を無視しての批判はおとなげないです。

 

 

一枚起請文には「二尊」とあります。

お釈迦様と阿弥陀様のことです。

ここの部分、好きです。

 

 

今日の話を聞いて、鎌倉仏教の皆様とも仲良くやっていきましょう、という気持ちになりました。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。