ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

しつこく「立場」の話

立場は自分の考えの外への表明です。

 

過去、何回か記事にしてます。

 

www.jataka.info

 

テーラーワーダ在家仏教徒 だと表明してます。

 

だから、テーラワーダ仏教を調べれば、ジャータカさんは何者か?ということがわかります。

 

調べる、という行為は理性的です。

 

シンプルこのうえないです、こういったシンプルさ、好きです。

 

でも

日本人は、「宗教」というと身構えてしまうので、「溝」とか「壁」があると感じてしまいがちになるのでしょうか?

 

気になるツィートがありました。

 

 

 

人によっては、「壁」「溝」「不平等」という単語を連想してしまうのでしょうか?

 

調べもしないのに。

 

それにしても「壁」とか「溝」とか「不平等」に、理性を感じることができないなあ。

 

まあ。「壁」とか「溝」とか「不平等」は、私以外の誰かが思っているだけの話です、「思う」のは自由ですので、私は何もできないです。

 

 

出来ることは。

 

日常生活に困ったことがあったら、お釈迦様の教えを調べて、どうしようかと考えたり。

 

仏教は善悪が決まってるので、日常生活で悪を侵さないように注意したり。

 

親が日蓮宗なので、法事のときは、一緒に「南無妙法蓮華経」と唱えたり。

 

知り合いが浄土真宗だったら「南無阿弥陀仏」と一緒に唱えたり。

 

ムスリムの知り合いはいませんけど、いたら一緒に儀式に参加したり。

 

お互いの文化を尊重するのは大事です。

 

無宗教の方とも、仲良く話を聞いてあげたり。

 

戒律違反のお坊様にはお小言を言ったり。

 

回向の文 の通り、みんなを大事にして。

 

 

 

未だ放逸な、未熟な仏教徒ということです。

でも、「溝」「壁」「不平等」とは、離れて生活してます。

 

 

日本人は、自分の考えを外に表明するのが苦手なのかもしれません、でもやってみると意外と楽ですよ。

 

 

 

「自分を表に出せないのは、自分を大切にしていない証拠」

と、下記の記事にありました、すごく参考になりました。

www.businessinsider.jp

 

 

お互いの立場を尊重すれば、「溝」とか「壁」とか「不平等」なんて、無縁なのに。

です。