ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

浄聖院様の寺報「こころみ 第18号」

 

 

嫌なこと、嫌な思い出って、なかなか手離そうとはしませんね。

 

反応してしまうんでしょうね。

 

例えば、嫌なことを他人のせいにするのは簡単ですもんね。

そういった他人というか、犯人さがしに執着している自分に気づくこともあります。

 

でも、自分が勝手に囚われていただけの話だと思います。

ここに気づくのが、けっこう長い道のりで、気づいた時点で仏教をやってて良かったと、思うことがあります。

 

それにしても、浄聖院さま、相変わらず、絵がうまい。