ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

「明日」や「いつか」という考え    ブッダの教え一日一話

引用

「幸福」というのは「明日」得るものではありません。「いつか」得るものでもありません。

 

「明日」とか「いつか」ってのは、まだ来てません。

来る前に死ぬかもしれない。

死んだら、「明日」とか「いつか」ってないです。

 

本では「明日」や「いつか」という考えは、不幸になると決めた人の考えなのです、と言い切ってます。

 

先生は念入りです。

これまで

 

「いま・ここ」の話

「昨日の失敗」の話

「キャッシュと約手」の話

が出てきました。

 

いずれにしても

「いま・ここ・気づき」

「いまの瞬間」

に気づきを持ってくるための話です。

 

 

 

放逸が過ぎる私は、キャッシュと約手の話が実感できました。

 

販売をしたら、代金の回収があります、現金でパッと振り込んでいただければ、その瞬間で完了、終了です。

 

約手は、まだ済んでないのです、まだ来ていない未来の話になります。

来てもいない未来に代金が入ってくる、というのも気持ち悪い話です。

 

「明日」とか「いつか」は気持ち悪い考えなんでしょうね。

 

 

また、明日、死ぬかもしれないから、明日のことなんて考えないで、今、しっかりやりなさい、ということだと思います。

 

明日、死ななくても、家を災害で失ったり、親しい方が亡くなったり、勤めていた会社が倒産したり、明日なんて来ないかもしれんし、自分の幸福を来もしないことに託すのは危ないってことです。

 

結局、結論は「いま・ここ・気づき」になりますね。