ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

自分を手がかりにする 『ブッダの教え一日一話』

仏教では、 何をするにしても、自分がよりどころ、自分が手がかりになります。

 

引用します

よい人間になろうと思っても、そう簡単にはなれません。そのような考えはほうっておいて、ひたすら、いまの自分に気づくことに努めるのです。

 

 

先生は、口を酸っぱくして「人格を高める」ことをおっしゃいます。

 

自分がよりどころとする「自分」がメタメタな人格だと、なにやってもダメです。

 

でも、人格を高めることは容易なことではない、でも、いまの自分に「気づく」ことぐらいはできるでしょう、それさえできませんか?

 

話はかわりますが。

 

お釈迦様は「愚か者」という言葉を使いました。

下記リンクにあります。

j-theravada.net

 

 

愚か者、私を含めほとんどの方が該当しますね。

 

で、お釈迦様は、短いフレーズですが、さらっと、でも私にはガツンと効きました。

「愚か者には輪廻は長い」

さぞ、長いでしょうね。

 

 

最後の部分に先生がまとめた言葉があったので引用します。

我々は常に、今することについて正しく気付いているべきです。他のことで頭を混乱させないで今なすべきことを集中して行うならば、その仕事をうまく完成することができるし、心に充実感も生まれるし、それによって心の安らぎも現れてきます。この生き方によってすべてをありのまま見られ、悟りを開くこともできます。愚か者でいる限りは、輸廻を断つことはありません。

 

 

 

個人的に、長い輪廻はイヤです。

 

もう一度引用します

ひたすら、いまの自分に気づくことに努めるのです。

 

 

どう考えても、長い輪廻はイヤなので「気づき」に努める、というかこれしかないのですね。