ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

心のパターンがみつかる。 『ブッダの教え一日一話』

引用です

観察すると、まず身体のはたらき、次に感情の波などがみえてきます。

さらに、心のパターンなどがみえてきます。

 

普段、気づきや観察を失念して生活していると、自分のパターンには、当然ですが気づきません。

 

 

 

私見で恐縮ですが。

 

人間は他人様に恐ろしく鋭いです。

 

自分のことは無自覚なくせに、他人様の感情や行動のパターンはわかったような気になります。

 

仏教を知らない若いころは「あいつはあーだ、こいつはこーだ」と言ってましたが、年とると面倒なので、見ているだけです。

 

でも、逆に、家人や他人様に私の感情や行動のパターンを指摘されることがあります、他人様のご指摘は鋭いです、恐ろしく当たっていると思います。

 

それにしても、「パターン」の奴隷、言いなりですね。

ものすごく頑固で治らないです。

 

 

で、先生は、「気づきや観察でパターンが見えてきますよ」とおしゃってます。

 

パターンに気づいて、どうのこうのはありません。

 

パターンに気づいて完了です。

 

 

本では、かなりやさしく書いてますけど、ほとんどの方はパターンに気づくまでにたどり着けないんですよ、気づかないまま生きているのが悲しいかな普通です。

 

普通を破るのが仏教ですな。

 

引用元本です

 

ブッダの教え 一日一話 (PHPハンドブック)

ブッダの教え 一日一話 (PHPハンドブック)