ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

我が身の事実をただ確認する。 『ブッダの教え一日一話』

我が身にはいろいろな事実が生じては消えていきます。

 

イライラしたり。

イライラするのはいいですが、これにネガティブコメントを加えひねくりまわして、どんどん大きくして、最後は怒りに成長させたり。

 

お腹が痛かったり

お腹が痛いだけならいいのですが、これから大事な仕事がある、どうしよ、どうしよ、で、不安に覆われて自分を見失ってしまうパターン。

 

冷静さを失うのがヤバイ、油断してるとすぐにヤバイ状態になります。

 

 

私の場合は仕事柄、人に会いに行くことが多いので、アポイントを入れます。

会いに行く時間を決めて行くのですが、渋滞とかアクシデントで遅れそうなことがあります。

 

「なんで混んでるんだよ!困るやん」と事実にコメントを入れ始めると、危ないですね、理性を失いつつあります。

 

焦ってくると、自分を見失うんですよね。

 

見苦しい状態なんでしょうね。

 

この場合、渋滞だったら淡々と、「すみません、遅れそうです」と電話を入れればいいんですよ。

 

でも時間に間に合わすことだけに気をとられて、イライラが始まると気づかない場合もあります。

 

イライラにやられているんですね。

 

 

 

 

本では、もっと基本的に、通勤途中の電車の例が出てました。

 

引用

「立っている」「見ている」「聞こえている」というふうに、事実を言葉で確認します。

そうすると、いろいろな雑念は心の中からきれいに取り除かれていくのです。

 

うむ、12月20日の項目では「身体の事実」の確認でした。

12月23日に「感情だけを実況中継する」ということで、感情の観察になります。

先取りしてしまいました。

 

いずれにしても、身体、感情をノーコメントで確認です、今日はうまくできるでしょうか?