ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

客観的に感情や行為だけを確認する  『ブッダの教え一日一話』

ここでは具体的な確認のしかたが書いてあります。

 

 

引用です

「私は嫉妬している」ではなくて、ただ「嫉妬」と確認します。「私は怒っている」ではなくて、ただ「怒り」。「私は落ちこんでいる」ではなくて、ただ「堕ちこみ」。

 

「私」という感情を切り離すというか、感情や行為のみを確認することで「私」という感覚が生滅することを確認してみたらどうですか? です。

 

徹底的に主語を使わないようにしてます。

 

主語が「自分」や「我」の感覚を呼び込むんでしょうね。

 

 

 

これ、簡単にさらっと書いてあります。

 

時や場所を問わず、簡単にできそうな気がします。

 

 

私見で恐縮ですが、これ、けっこう高度なことやってると思いますよ。

仏教は、けっこう簡単にさらっと高度なことを言うんですよね。

いまだに未熟ですが「自分」という感情の確認に挑戦です。

 

 

仏教では「具体的な対応」は決まっています、ありがたいです。

 

ネタ本

 

ブッダの教え 一日一話 (PHPハンドブック)

ブッダの教え 一日一話 (PHPハンドブック)