ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

いまの行為を喜べば 『ブッダの教え一日一話』

引用です

新入社員のときは苦しい。しかし中堅になればなったで責任があって苦しい。出世しても、次の世代を育てるのは苦しい。退職したら、「今日は何をしようか」と退屈で苦しい。

老いて、身体が動かなくなれば苦しい。病気になれば苦しい。死ぬのは苦しい。

 

いまの自分は、「身体の苦しみ」ですね。

べつに大病をしてるわけではないです。

病院に行くほどの痛みではないです。

 

まあ、「老い」なんでしょうね、私の個人的な感覚かもしれませんが、若いころは筋肉痛は労働の翌日くらいに出たような気がします、でも齢をとると、中一日くらいで、時間差で現れてきます、で、けっこうしつこいのですよ。

 

先生が法話で「細胞の言語は痛みなんですよ」とおしゃってました。

 

身体の細胞の言語は「痛み」です。

身体に関しては「痛み」しかないのですね、齢をとるとよくわかります。

うむ、身体の痛みとの対話も多くなります。

 

 

 

まあ、「痛み」に執着しないで「こんなもんだ」くらいの扱いがいいのでしょうね。

 

 

で、「苦」に拘泥しないで「いま」の行為を充実させたらどうですか?

と本ではおしゃってます。

 

 

で、「今の行為」を充実させる練習をしなければ、ですね。

で、昨日、お約束の通り、一杯の水をゆっくり飲んでみました。

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今の時期、水は冷たいので白湯でやってみました。

 

初めての水を飲む観察でした。

 

充実感とか喜び、というよりも、心の落ち着きを感じました、水一杯で落ち着きを得られるのは儲けもんです、コストパフォーマンスがよろしい。

 

 

貪瞋痴、執着に塗れ、後始末に高くつく行為をするくらいなら、落ち着いて善いことをしましょ。