ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

もしも楽だけがあったなら   『ブッダの教え一日一話』

昨日のランチで観察してみました。

 

空腹で、最初の一口を食べると、空腹感が鎮まったような気がしますし、幸福感までは無いですが、空腹の苦が、そのとき無くなったんでしょうね。

 

で、このまま、食べ続けると、次は満腹の苦しみがやってきます、でも、家人が十分気を使ってくれたお弁当で、ちょうどいい量なので、満腹の苦しみが来る前にランチは終了します。

 

空腹の苦から、満腹の苦になります、うむ人生はその繰り返しです。

 

で、テキストでは

食べていてずーっと「楽」を感じているなら、食べることをやめないでしょう。

お腹が破裂するまで食べ続けます。死ぬまで止まらないでしょう。

 

 

引用です

もし生きることに楽しか感じなかったら、人生はすぐにゲームオーヴァーです。

 

苦を感じることができない、楽しか感じなかったら、死んじゃう、ということだと思います。

 

身体の痛みとか「苦」を感じることができないって恐怖かもしれません。

「苦」がわかるから休んだり病院に行ったり。

実際、悪いところがあるのに「楽」しか感じなかったら、死んじゃいます。

 

私見ですけど、五蘊を捨てることは自殺だと先生がおしゃってましたので、この部分にも当てはまる気がします。

 

よっしゃ、まだまだ「苦」の勉強は続きます。

 

テキストです

 

ブッダの教え 一日一話 (PHPハンドブック)

ブッダの教え 一日一話 (PHPハンドブック)