ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

何を得た、何を成し遂げた 『ブッダの教え一日一話』

引用

しっかり頑張ってあらゆることに挑戦し、成功して大会社の社長になったとしても、奴隷のように働いただけなのです。

株式会社になればなったで、自分の手から離れていく、会社が大きくなっても、歳をとれば自然と自分の手から離れていく。

そして死ぬとき、自分が何も得ていないことに気づくと、人生は悔しいのです。

 

 

 

 

 

放逸のひどい仏教徒の私。

 

先生の本をブックオフに出してしまい、結局、困ったことになってしまい、アマゾンで中古本を取り戻しました。

 

これ

 

人生はゲームです―ブッダが教える幸せの設計図

人生はゲームです―ブッダが教える幸せの設計図

 

 

 

で、さっそく面白いことが書いてありました。

 

引用

面白い子どもの話がありまして、それは私が自分の国であるスリランカのある家を訪ねたときのことです。その子どもは五、六歳でしたが、お母さんの話では、「私が本を読みましょう」というと、「どうせつまらないから」と言うのだそうです。そこでお母さんが「つまらないと言っても、やらなくちゃいけませんよ」と言うと、その子どもは、

「何をやっても結局死ぬんだから」と答えたそうです。お母さんが「何かしましょう」と言うと、その子はいつもそのように答えたそうです。

しかし、私にとってその言葉はすごく気になったのです。もしかしたら、この子どもは哲学的なことを言っているのではないか、真理を言っているのではないか。そう思ったのです。「何をやって頑張っても、結局どうせ死ぬんだから、どうしてこんなことやらなくちゃいけないの?」その子は幼いながらよく疑問にしていたのです。しかし、おとなはそういう問題に疑問を持たないんですね。

 

 

こう書くと、仏教は虚無的、暗い教えって感じがしますが、違いますよ。

 

自分の人生、実際どうだったか、よく見て考えてみたらどうですか?

 

で、下手すると、苦しくて、何も得ず、悔しくなる人生、どうしましょうか?

 

先生は上記の本とテキストで

「生き延びゲームを楽しもう」とおしゃってます。

「大切なことは、その都度、その都度、やるべきことをしっかりやることなのです」ともおしゃってます。

 

これ、地味な感じがしますけど、大事な答えです。

日々生きていく上で。