ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

何も残らない  『ブッダの教え一日一話』

私見ですが

「確実に死にます」ってのは、本当のことです。

で、ここで、仏教は虚無主義とか、虚しいとか、そういう指摘をする方もいますが、仏教はただ、虚無主義を意図して「確実に死にます」なんて言ってません。

 

単純に本当のことを言ってるだけです。

 

で、ほとんどの方は普段の生活で「私は確実に死ぬ」なんて思わないでしょう、「私は死なない」とうっすら思って生きてるのかもしれません。

でも、これも、本当のことに逆らっているのですからうまくないような気がします。

 

下記のリンクより引用します。

 

j-theravada.net

 

で、引用です。

こちらにも矛盾があります。私は確実に死ぬから、死なないために、確実に死に至る行為をしているのです。この文章は分かりにくいので、「ご飯を食べなかったら死ぬ。ご飯を食べるから老いて死ぬ。食べなくても死ぬ。食べても死ぬ」というようなニュアンスで理解してもけっこうです。死にたくない、生きていきたい、と思う生命は、生きるということで、死を早めているだけです。

 

 

 

テキストから引用です

名誉や財産をたくさんもっていても、みじめに死んでしまう。最後は墓場です。

事実を認めて、「みんな死ぬ」という前提で生きれば、日々美しく平和に暮らそうということになります。

 

またまた私見です。

最後はみじめに死ぬのですから、自分や生きとし生けるものに慈しみの気持ちを持つのは生きるための必須、パスポートですね。

 

 

テキストです。

 

ブッダの教え 一日一話 (PHPハンドブック)

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