ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

光からさらなる光へ進む道  『ブッダの教え一日一話』

私見です

 

私たちがふだん見ている「光」は、というか

願いや希望を「光」と見てるのですが。

願いや希望、なんていうと聞こえがいいですが。

しょせん、願いや希望は、貪瞋痴から発するものです。

 

だから、ふだん「光」と思っているものは、貪瞋痴の「炎」の光かもしれません。

 

 

先日の勉強会に下記の単語が出ました。

 

 

お釈迦様は貪瞋痴を火に例えてます。

 

三火

貪火、瞋火、痴火。

 

例えば火事ってのは、ちょっとした小さな火がきっかけになります。

 

ほんの小さな火が、火事になり、とてつもない災害をもたらしたりします。

 

煩悩も最初は小さいのかもしれませんが、自作自演でどんどん大きくしてしまい、取返しのつかないことになってしまう、自分でもコントロールができなくなってしまう、ということかもしれません。

 

で、先生はテキストで炎から見える「光」よりも正しいことを行うことによって更なる光へ進む道へ行きましょう、とおっしゃいます。

 

引用

ブッダは「暗闇」から生まれた願いや希望を捨て、「いま、正しいことを行う」生き方を示されました。それが中道、八正道です。「気づき」という光から「智慧」というさらなる光へ進む道なのです。

 

 

目先の貪瞋痴に「光」とか「希望」とか「願い」とか名付けて錯誤してるんでしょけど、これから離れましょ。

 

 

 

毎日、引用しているテキスト

 

ブッダの教え 一日一話 (PHPハンドブック)

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