ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

私が偉いという実感  『ブッダの教え一日一話』

引用

自分が監督で、世界は自分の思った通りに動いてほしいと思うのです。

しかし、世界というものは、けっしてそのとおりに動いてはくれません。

 

 

私見です。

 

 

 

智瞬様のツイート

 

自分が偉いと思ってやってることって、役に立たない、自分の心をきれいにすることにはまるで関係がない、そんなことを繰り返している感じがします。

 

だから「偉い」というよりも、「役に立たん、心もきれいにならん、結局、関係ないし、ひとつもいらない」と思うと、楽しくなってくるのでしょうね。

 

「自分は偉い」と言って、思い通りにならず怒ってばかりなら、物事をよく見て、楽しくなったほうがいいです。

 

ヒントになるツイートでした。

 

 

テキストです

 

ブッダの教え 一日一話 (PHPハンドブック)

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