ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

怒る人は愚か者 『ブッダの教え一日一話』

話は思いっきりズレます。

 

なんだか、最近、こういう社会って増えてませんか?

下記リンクから

j-theravada.net

 

引用、社会の中のこんな組織の話

たとえば会社で、何もかも厳密に「こうすベきだ、ああすべきだ」と決めつけるような人がいます。自分では「こんなにキビキビと原則通りに仕事をしているのだから、必ず幸福になるだろう」と思うかも知れませんが、とんでもありません。逆にまわりの人から「いやな人だ」と思われ、ものごとがうまく運びません。そこにあるのは「怒り」だということを理解していないのです。出社時間が8時であるということだけを徹底的に守り、ある人が8時5分に入ったら、「あなたは遅刻した」と厳しい指摘をする。時間を守ることはもちろん大切なことではありますが、会社で何をするかということよりも、決まりや原則を何より大事にしようとする態度は、必ずしも会社にとって望ましいものではありません。

 

「なにをやる」というのは重要でなく、こういう厳密主義というか完璧主義って、ただの「怒り」の気持ちでやってるだけみたい。

 

これで、良くなればOKなんでしょうけど、厳密主義、完璧主義で良くならないようだったら、怒りの気持ちでやってるんでしょうね。

 

私も怒る「愚か者」ですけど、怒りの気持ちで社会を運営するのも「愚か者」。

愚か者だらけですね、えらいこっちゃ。

 

 

テキストから引用

(自分が怒ったことで)ただ確実なのは、「自分が怒りで汚染されて不幸になる」ということです。

だから、いかなる場合もでも怒る人は愚か者であり、人生の敗者なのです。

 

社会のなかの組織が敗者になるのは知ったこっちゃないですが、せめて自分は愚か者、人生の敗北を避けたいです。