ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

まわりを嫌な気持ちにさせない 『ブッダの教え一日一話』

怒りは2種類あり、1、内面に向かった怒り と 2、外に向かった怒り

 

まわりを嫌な気持ちにさせるって、2のことですね。

 

怒りのほとんどは2のパターンが多いのでは。

 

下記リンクからもわかります。

j-theravada.net

 

 

で、2の怒りは相手よりも「自分が正しい」と思っているので、怒ること自体、悪いことだと思ってないかもしれません。

 

怒り自体をヤバイと思わないことはヤバイです。

 

自分も怒り、相手も怒らす、お互い怒ることになります。

周りはボウボウ丸焼けになるかもしれません。

 

丸焼けよりも、お互い怒りの応酬、それもエンドレスな応酬が続くかもしれません。

 

ダンマパダ(5)を思い出しました、引用です

 

じつにこの世においては

怨みにたいして怨みを返すならば、

ついに怨みの鎮まることがない。

怨みを捨ててこそ鎮まる。

これは普遍的な真理である。

 

下記の本より引用

 

原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話

原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話

 

 

 

「怨み」とありますが「怒り」のことです。

たとえ相手が悪人でも、受けた怒りを怒りで返したら、まあ止むことはありませんね。

 

人間同士もそうだし、国同士の戦争もそうだし、やられたことをやり返してたら、終わりはありません。

 

「これ、真理なんだからやめればいいのに」と思うのですが、続くのですね。

真理を認めようとはしないのです。

 

 

法句経より引用

そのように、相手から受けた怨みは放っておけばよいのです。たとえ相手が悪人であっても、みずからが怒りや憎しみをいだいたら、自分自身が損をするだけなのです。自分が怒りで汚れてしまえば、自分も悪人も、もうすでにどこか似ているのです。

 

悪人の怒りに反応してしまえば、もうその時点で自分はその悪人と似ている、同類だ、ってことです。

 

厳しい!ですね。

 

テキストでは、厳しいどころか、さらに上級編を目指します。 

引用です

怒っている人がいたら、怒り返してはいけません。その人の、気持ちを和らげてあげることです。

 

難しい!ですね。

たとえ悪人でも怒り返してはいけません、和らげて、さりげなくスルーしましょう、というところでしょうか。

 

2の怒り、相手とのエンドレスはイヤです、真理にのっとって、終わらせなければ、です。

 

 

さりげなく、とてつもなく難しいことが書いてあるテキストです。

 

ブッダの教え一日一話 今を生きる366の智慧 PHPハンドブックシリーズ

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