ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

これは本当に必要だろうか 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用

ものが多くて捨てられない人がいます。

どんなものでも、ものはすべて「荷物」だと思いましょう。人間は荷物を集める清掃車みたいなものです。限りなく荷物は増えていきます。

 

 

すみません、勝手に私見です。

 

 

「人間は荷物を集める清掃車」とあります。

文章の流れでいくと「人間は荷物をあつめる運搬車」がいいかと思うのですが。

 

「清掃車」だと集めているものが「ゴミ」になりますね。

 

ということは、捨てられない多くのモノは「ゴミ」ってことです。

 

先生は、暗に「ゴミ」だと指摘してるのだと思います。

 

 

で、捨てられない状況、モノがあふれる状況って、ある意味、自分の煩悩を具体的に実現していますね。

 

煩悩って目に見えませんが、理性が飛んだ状態、貪瞋痴の言いなりになってモノって溜ります。

 

ですから、モノに塗れている状態は、貪瞋痴や煩悩を具体的に示している状況だと思います、モノを見ることで自分の貪瞋痴に気づくことができるかもしれません。

 

で、貪瞋痴や煩悩はゴミなので、捨てましょう、ということです。

 

ただ、目に見えない貪瞋痴、煩悩は捨ててもいいですが、モノは全部捨てると生きていけなくなるので、衣食住薬の必要なものはとっておいて、あとはゴミなんでしょうね。

 

 

さて、3月が始まったテキストです