ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

使用人にこき使われる主人 『ブッダの教え一日一話』

全文引用

多くの人は、「自分には子供がいる」「財産がある」「名誉がある」「地位がある」と思って主人気取りでいるのです。

しかし、よく見てください。

「自分のもの」と思っていても、それによって自分が支配されているのです。自由が失われているのです。

子供の奴隷になっているのです。

財産の奴隷になっているのです。

名誉、地位の奴隷になっているのです。

まるで、使用人にこき使われる主人のように。

 

 

私自身は、まだお金がかかる子供がいるので、子供の奴隷かな、で、財産はありませんけどお金が必要なのでお金の奴隷です。

 

子供やお金のほうが偉いんですよ。

 

奴隷というキーワードで下記のリンクを見つけました。

 

我々はいろいろな物事の奴隷ですね。

いろいろなものに釣られるし、いろいろなものに嵌められるし。

自分から進んでワナにはまってますね。

j-theravada.net

 

上記リンクからの引用です。

美食家は食べ物の奴隷になっていますし、酒が好きな人は酒の奴隷になっています。お金が好きな人はお金や仕事の奴隷になっています。でも自分が「釣られている」ということにはまったく気づいていないのです。

 

 

やられてるんですよね。

 

私も55歳を過ぎましたが、もうあれやこれやに釣られていないぞ、ワナに嵌っていないぞ、とは思っているのですが・・・。

 

引用

むかし若いときは馬鹿なことをやっていたなあ」と、四十歳や五十歳になったときに気づくのです。そこでその人に「今はどうですか?」と訊いてみると、「今は大丈夫、何も問題ありません」と応えるのですが、それは嘘。今も、他のものに釣られているのです。ただそれに気づいていないだけで、後になってから分かるのです。これが生命の愚かさであり弱みなのです。

 

 いまでも、子供やお金の奴隷だし。

自分が気づいていないだけで、何かに釣られているのでしょう。

 

いまだにヤバイ、ヤバイです。

 

ヤバイ自分を指摘してくれる本です。