ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

依存症のキャリア  『ブッダの教え一日一話』

引用

いまは依存症でなくても、次の瞬間に依存症にかかることもあります。いわば依存症のキャリア(保菌者)なのです。

 

 

「私には依存しているものなんかない!」と言い張ったところで、もともと依存症のキャリアなので、完治は難しそうです。

 

私自身、仏教徒を自称しているので、「仏教に依存」が一番ヤバイかもしれません。

仏教にしがみついている、というか、うまくないのでしょうね。

 

再び法話のリンクです。

www.dananet.jp

 

で、引用です。

なにに依存するかが問題なのではありません。依存すること自体がよくないのです。たしかに仏教を学ぶことや、ボランティア活動に励むことはいいことです。しかし、それに依存すれば、やはり自分を見失っていくのです。わたしのところに学びに来る人のなかで、よく「命がけで仏教を学びます。仏教に命をかけます」という人がいます。けれども、そういう人で修行が進んだ人はいません。「命がけ」とか「必死でやります」という人は、そのことにしがみついているわけです。「仏教に依存している」といえましょう。ものごとは真剣すぎるのもよくないし、いい加減でもよくない。だから、中道が大切なのです。

 

 

で、なか3さんのヒントになるツィート

 

 

執着や依存する事象なんて、ホントは無いわな、気軽にどうぞ、ということで。