ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

依存に気づかないと 『ブッダの教え一日一話』

引用

「これは依存なんだ」「いま自分は依存している」とわかってやることと、わかっていないこととは、大きく違います。

 

 

私見で恐縮です。

 

思い切って依存→依存症について書きますね。

 

なかなか良い厚労省のリンクがありました。

 

www.mhlw.go.jp

 

なんとかご本人に気づいてほしい、依存の基準というか、定義といってもいいなあ、があります。

 

引用

Q.依存症ってなに?

A.特定の何かに心を奪われ、「やめたくても、やめられない」状態になることです。

人が「依存」する対象は様々ですが、代表的なものに、アルコール・薬物・ギャンブル等があります。
このような特定の物質や行為・過程に対して、やめたくても、やめられないほどほどにできない状態をいわゆる依存症といいます。

  • 医学的定義では、ある特定の物質の使用」に関してほどほどにできない状態に陥る状態を依存症と呼びますが、
    本ページでは行為や過程に関してそのような状態に陥ることも含めて依存症として表現しています。

依存症の診断には専門的な知識が必要ですが、特に大切なのは本人や家族が苦痛を感じていないか、生活に困りごとが生じてないか、という点です。
本人や家族の健全な社会生活に支障が出ないように、どうすべきかを考えなくてはなりません。

依存症には主に 2種類あります

依存症とはやめたくてもやめられない状態に陥ることですが、その種類は大きく分けて2種類あります。
「物質への依存」と「 プロセスへの依存」です。

「物質への依存」について:
アルコールや薬物といった精神に依存する物質を原因とする依存症状のことを指します。
依存性のある物質の摂取を繰り返すことによって、以前と同じ量や回数では満足できなくなり、
次第に使う量や回数が増えていき、使い続けなければ気が済まなくなり、自分でもコントロールできなくなってしまいます(一部の物質依存では使う量が増えないこともあります)。

「プロセスへの依存」について
物質ではなく特定の行為や過程に必要以上に熱中し、のめりこんでしまう症状のことを指します。

どちらにも共通していることは、繰り返す、より強い刺激を求める、やめようとしてもやめられない、
いつも頭から離れないなどの特徴がだんだんと出てくることです。

問題は誰かが困ることです

アルコール、薬物、ギャンブル等、依存しているものは人それぞれですが、
依存症に共通することは、家族とのケンカが増える、生活リズムがくずれる、体調をくずす、お金を使いすぎるなど何かしらの問題が起きているのにも関わらず、
ほどほどにできない、やめられない状態に陥っているということです。
このような状態にある場合、依存症と同じように対応を考える必要があるといえます。

 

 

 

ここでいう依存は

医学的定義では、ある特定の物質の使用」に関してほどほどにできない状態に陥る状態を依存症と呼びますが、
本ページでは行為や過程に関してそのような状態に陥ることも含めて依存症として表現しています。

 

という「依存」にします。

 

物質だけでなく、その行為もです。

 

で、脳にあるパターンが出来上がってしまい、どうにもならなくなること。

医療の治療を受けないとどうにもならない依存ということで。

 

意思ではもうどうにもならない。病気ということです。

 

これ、すごくやっかいです。

依存は否認の病気なので、誰かに迷惑をかけ続けても否認し続けるようでしたら、医療機関の仕事になります。

 

依存症は否認の病気、気づきも拒否になります。

 

 

という状態になったら手遅れというか、抜け出すにはかなりの労力を要します。

 

 

ですから、テキストでは「依存症」になる前の「依存」に気づくこと、理解することを勧めてます。

 

 

テキストでは、さらっと「依存に気づいたらどうですか?」言ってますが、これってかなり難しいです。

 

依存している「モノ」や「こと」って、自分にとって「重要、生きがい、切ってもきれぬ、お金や時間をかけている、価値がある、本当に悪いことなのか?、」と思っていますので、「これは依存だ、自分にとって良くない行為だ」とは、ほとんどの方は思わないのではないでしょうか。

 

唯一のヒントは

「これをやることで、誰かが困る」ということがあれば「依存」ですね。

依存症になる前にあっさりやめましょうよ。

 

 

強烈に難しいことを、あっさり書いてる本です。