ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

依存はなぜいけないのか  『ブッダの教え一日一話』

引用

食べ物に依存すると、健康を壊します。

心の刺激に依存すると、自己破壊に陥ります。

 

 

依存の怖さは

 

生きていることは、ある意味依存だし。

依存していることに気づかないし

依存になっても、依存症になっても、それを否定するし

病気としての依存症になったら、自分の意思ではどうにもならないし。

 

 

なんだか、うまく出来たワナみたいですね。

 

 

病気としての依存症になったら、仏教修行なんてできるわけないです。

 

 

依存はなかなか気づかないのですが、唯一、そのデッドラインとして

「自分がこれをやることで、誰かが困る」です。

たぶんこの時点で自分自身も依存のダメージを受けているのですが、自覚していません、気づいてません、否定します。

 

でも自分の身近な方と、いさかいやケンカになるようだったら、ヤバイと思ったほうがいいのではないでしょうか?

 

とっとと、自分の依存に気づいて仏教修行をすすめましょう。

 

 

やはり、難しいことを さらっと言う本です。