ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

自分の過ちが見えているか 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用

他人の過ちはみえやすいものです。

しかし、ほんとうにみえているわけではありません。自分の勝手な思い込みでいることが、よくあります。

 

私見です。

人は自分のことは棚に上げて、人に異様に関心を持ち、自分は正しいという貪瞋痴の見解を持って他人のことをいろいろ指摘します。

 

えーと、すべて「アウト」ですね。

 

引用継続

自分が同じ過ちやもっとひどい過ちを犯したときには、「たいしたことない」とごまかしたり、あらゆる工夫をして正当化しようとします。

自分に対するのその態度をどうして他人に対してもとうとしないでしょうか。

 

私見です。

人間は、私も含めて、自分には限りなく寛大で、他人には異様に厳しいということではないでしょうか。

 

「許さない」って怒りの感情ですね。

 

過ちは許すしかないのですが・・・。

 

 

 

さて、話は変わります。

自分が失敗したときの、後悔の話、後悔は怒りに含まれます。

自分が失敗したときは、どうしましょう?という法話です。

j-theravada.net

 

後悔しそうになったとき、後悔(怒りの感情)から離れるコツがあります。

ご参照下さい。

 

 

 

うむ、5月はやっぱり「人間関係」についてがテーマのようです。