ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

だれの意見でもない正しい意見 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用

多くの人は「自分が正しい、相手が間違っている」ということで議論する傾向があります。

しかし、すでに議論が起きているということは、明らかにみんな正しくないのです。

 

私見です。

日常生活、家庭や仕事で、「私の意見が正しい」と思って提案することがあります。

 

「自分の意見が正しい」なんて思うと、通らないと、しんどくなるのではないでしょうか。

 

「俺の意見」「俺の意見」です、自我バリバリですね。

 

「わたしの意見はどうですか? アイデアのひとつにすぎないですけど」と言うと楽ですね。

 

議論自体が自我のぶつかり合いで、貪瞋痴ごちゃまぜ、気持ち悪く苦しそうです。

 

単なるアイデアを出し合って、選ぶ、選んだアイデアを改良する、だけの話だと思うのですが、そうならないんですね、わざわざしんどいほうを選ぶ。

 

 

下記は人間関係の苦しさ、社会にいることの苦しさについて説いた法話です。

わざわざしんどいほうを選ぶ人間にガツンです、師匠(お釈迦様)、善友、法友の大切さを説いてます。

j-theravada.net

 

わざわざしんどいこと、することないです。

 

 

 

 

しんどいことから離れることを教える本です