全文引用
生きるということはチャレンジです。
生きていくうえで、何かを獲得するために、いろいろなことにチャレンジします。
しかし、何かを獲得しても、完成というものはないのです。
音楽で一流になっても、世界の頂点に達しても、完成ではないのです。もっと優れた人が出てくるかもしれない。
いくら獲得しても、完全に満たされたということ、やりおえたということは、なりたたないのです。
私見です。
先生の法話で「人間のやることに絶対はない」を思い出します。
絶対はない=完成はない、と理解してもよいのではないでしょうか。
絶対なことはできないし、自分を追い越した相手もできないし、誰も絶対なことはできない。
で、ここで、下記の言葉を連想しました。
「渇愛」
その物事が「好き」だからやる、ということもあるでしょう。
その場合も納得することはないし、もっとやりたい、が続くでしょう。
下記法話では、「物事は納得する以前に消えてしまう」とあります、どういうことでしょう、ご覧ください。
「渇愛」は、日常生活で悲しいかな、大活躍してます、私自身も自分の渇愛に塗れてます、ましてや自作自演の渇愛、もっと悪いことに、その自作自演を自覚してないかもしれません、ヤバイ、ヤバイ、です。
自作自演を破るヒントが下記の法話にあるかもしれません。
なぜか「渇愛」の話になってしまった本です。