ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

教えが正しいものであれば 『ブッダの教え一日一話』

全文引用

教えが正しいものであれば、その教えは誰からも守ってもらう必要はないのです。

誰がどう反論しようが、真理そのものは崩れることはありません。批判しようという人がいたら、かえってそれを学んで納得してしまうのです。

「批判は禁止する」「疑問を抱くな」という宗教があれば、その一点だけをとっても、真理ではない。教えが間違っていることがわかるでしょう。

 

 

私見です。

 

宗教で、自分たちの教えが正しい、「守ろう」する行為自体、真理ではないという証明になってしまう。「アウト!」なんでしょうね。

 

 

でも、世界のほとんどは真理を認めないですね。

 

例えば「生物の進化論」という真理というか科学的な事実があります。

北米では宗教を盾に認めようとはしませんね、むしろ攻撃されてます。

 

 

下記に真理についての法話があります。

j-theravada.net

 

ちょっと引用します。

たとえば進化論は、今もアメリカでは厳しい批判を受けています。化石などを調べて人間の進化を語っているが推測に過ぎない、証拠は不充分、などと攻撃されるのです。「神が人間を混乱させるために、意図的に地球の古い地層に化石を埋め込んでおいた」と吹聴するほど、進化論反対派は自信満々です。しかし細胞の構成や遺伝子の研究から、「生命は皆、止まることなく進化し続けているのだ」ということは科学的に証明されている事実です。世間は、事実を素直に認める性格は持っていないのです。伝統的なこと、信仰、迷信、先入観、文化的価値観などが、優先的に信頼されます。人間の頭に事実を植えつけるためには、けっこう戦わなくてはいけない。それは時間がかかる作業なのです。

真理を知ったほうが、認めたほうが、よいに決まっているのです。病は悪霊の怨念・神の裁きなどの結果だというよりは、ウィルス・細菌などに感染しているのだと認めたほうが、人間は助かります。それでも、真理・事実をこの世で通用させるのは難しいことです。「真理のみが勝利を得る」という先に述べたフレーズを現実に合わせて訂正するならば、「真理のみが勝利を得るべきである」とせざるを得ないのです。

 

 

 

 

悲しいかな

人間は、真理や事実より、いままで自分が親しんできた文化とか信仰を大事にします。

根拠はないのに大事にします、貪瞋痴に当てはまる行動なんでしょうけど、改めようとしない。

 

ここは疲れる話なので飛ばします。

 

 

上記リンクの法話では、お釈迦様の説いた真理(ダンマ)についての説明があります、ガツンと学びたい方はぜひどうぞ。

 

 

もっとガツンと学びたい方は下記の本をどうぞ

「ブッダは真理を語る」の章がいいかもしれません、難しい仏教用語はなく、身近なことから お釈迦様の真理についての法話です。

 

 

 

 

6月は「真理」についてでしょうか。