ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

哲学的な生き方とは無関係 『ブッダの教え一日一話』

引用

「宇宙の真理とは何か」「仏とは何か」などと、えんえんと論じても、意味がありません。

中略

そのような哲学的なことより、「私自身が平和であるためには、どうしたらいいのか」と考えることが肝心です。

 

 

私見です。

 

お釈迦様がおしゃった考えてはいけないもの3つを連想します。

お釈迦さまは、業のこと、こころの働き、宇宙の構造の3つについては考えるな、とおっしゃっています。人間が考えてはならないことはその3つです。理由は、把握しきれることではないから。きりがないから。ただ疲れるだけで、無意味なのです。

 

 

話は変わりますが。

 

あと、「神はいるのか?」とか

これを書くと、「ラッセルのティーポット」を連想します。

ja.wikipedia.org

 

上記引用

宇宙のどこかに地球火星の間を通って太陽を周回するティーポットがあると主張する者が、それは誤りであると誰も証明できないことを根拠にして、周回するティーポットの存在を信じることを求めるのはナンセンスである。ラッセルのティーポットは、の存在をめぐる議論においていまなお言及されることがある。

 

いいですねえ、太陽系を周回するティーポットがあるなんて、素敵な話です。

 

 

あと、「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教」ですね。

ja.wikipedia.org

 

乱暴な言い方で恐縮ですが、すべての宗教の基本的な構造は「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教」と同じです。

 

ただ、こちらのほうが教義がしっかりしてるし、殺戮の歴史もありません、あと、創造主たるスパゲッティモンスターが否定されることも否定しない、とあります。

 

これは既存の歴史ある宗教よりはるかに優れた宗教かもしれません。

 

 

 

考えてもキリのないことは、ユーモアで終わらせて、悪いことから離れて、善いことをやってく人間を目指したほうがいいです。

 

 

本日は神ついてにかすってしまいました。

下記のテキストに刺激されました。